【田中研之輔教授×アデコ】リアルイベント「人的資本ラウンドテーブル~人と組織の新しい育成のカタチ~」報告レポート
2026/02/18

AI時代に、人材育成はどこまで再設計できるのか
管理職に求められる役割は、経営・人事・社会環境の変化を背景に、年々拡張しています。
「人のマネジメント」「業務の最適化」「コンプライアンス対応」……。さらに近年では、「AI活用」や「多様性への対応」も前提条件となりました。しかしながら、その役割拡張を支える環境や育成の前提条件は、十分に整備されているのでしょうか。
この問いを起点に、2025年12月9日、アデコ本社にてイベント「人的資本ラウンドテーブル~人と組織の新しい育成のカタチ~」が開催されました。
座長は法政大学 キャリアデザイン学部の田中研之輔教授。
ゲストとして、株式会社トリドールホールディングス 取締役(兼)専務執行役員 田中憲一様、株式会社オリエントコーポレーション 取締役(兼)専務執行役員 松岡英行様を迎えました。
▲(左・田中様/右・松岡様)人事のトップとして企業を牽引する、有識者であり実践者のお二方が登壇しました。
管理職という役割は、どのように設計されているのか
冒頭、田中研之輔教授は、管理職を指す言葉そのものに目を向けました。
「ミドルマネジメントという言葉は、役割の中核性よりも、『挟まれている立場』を連想させてしまいます。」
田中教授が問題視したのは、何気なく使用する「ミドルマネジメント」という言葉も、無意識のうちに管理職を主体的な意思決定者ではなく、「調整役」としてイメージづけてしまう可能性がある点です。役割が「中間」「板挟み」と表現される限り、判断や責任の所在も曖昧になりやすい。言葉は単なる呼称ではなく、組織がその役割をどう理解し、どう扱っているかを映し出す設計思想そのものだという指摘でした。
さらに田中教授は、管理職の負荷増大を「業務量の問題」や「能力不足」として捉えてしまう議論にも警鐘を鳴らします。
「管理職が疲弊している理由を個人の問題にしてしまうと、本質を見誤ります。」
本質的な課題は、「何を判断し・どこまでに責任を持ち・どの範囲に裁量が与えられているのか」といった役割定義と前提条件が整理されないまま、期待だけが積み上がってきた構造にあると田中教授は訴えます。前提が曖昧な状態で、スキル研修や育成施策を重ねても、現場との乖離は広がる一方になる。育成以前に問われるべきなのは、管理職を「どの位置に置き、何を託しているのか」という点である。
こうした田中教授の問題提起は、育成論を能力論や意識論から引き離し、役割設計と組織構造の問題へと展開させるものでした。
▲田中研之輔教授。知性と熱量で会場全体を引き込みながら、議論をリードする。
一方で、理想と現場のあいだには、深い前提条件が横たわっている
田中研之輔教授の問題提起を受け、アデコ コンサルティング事業本部の森口静香は、現場支援の立場から問いを投げかけました。
「今、管理職には、AI活用や多様性対応、対話力の高度化など、新しい役割が次々と求められています。ただ、それらは必ずしも、多くの管理職がこれまでのキャリアの中で十分に学んできたものではありません。」
経営の期待と、管理職が歩んできた育成の履歴。そのギャップを個人の努力に委ねていないか。
森口は、育成の成否は施策の数ではなく、その期待を引き受けられる前提条件を組織として整えているかにあると指摘しました。
この問いが、以降の議論を「育成の中身」ではなく、「育成が成立する前提条件の設計」へと導いていきます。
▲チェンジマネジメントの専門家・森口。現場経験に根ざした鋭い問いが、議論を深めていった。
トリドールホールディングス 「心的資本経営を背景とした育成の設計」
トリドールホールディングスでは、人的資本経営をさらに深化させた独自の経営思想として、「心的資本経営」を打ち出しています。これは、従業員の幸福(ハピネス)と顧客の感動(カンドウ)を、企業価値創出の源泉として位置づける考え方です。
従業員の心理状態やエンゲージメントを可視化し、行動変容と顧客体験につなげていくことを重視しています。こうした背景を踏まえ、田中憲一様は育成とAI活用について語りました。
▲田中憲一様 (株式会社トリドールホールディングス/取締役 兼 CHHO最高ハピネス・ヒューマン責任者)
田中憲一様 「AIは評価ではなく、内省を支援するために使う」
森口の問いに対し、トリドールホールディングスの田中憲一様もまた、育成を「能力の問題」としてではなく、「支援の設計」として捉え直す必要性を語りました。
「求める役割が増えている以上、会社として支援の仕組みを用意する必要があります。」
同社ではその一環として、AIチャットツールを活用した自己対話の仕組みを試行しています。店舗スタッフがAIと対話しながら自身の状態を言語化し、複数の観点から可視化していく取り組みです。この施策において、田中様が強調したのはAIの使いどころでした。
「これは評価のためのツールではありません。本人が自分の状態を整理するためのものです。」
マネージャーは数値を管理する存在ではなく、その状態を踏まえて「どのような支援が可能か」を考える役割を担う。さらに同社では、過去の事例や知見をデータとして蓄積し、状況に応じたサジェスチョンをAIが提示する仕組みの構築も進めています。
「AIに任せられる部分は任せる。その分、人は判断と対話に集中する。」
心的資本経営の文脈においてAIは、効率化のための装置ではありません。人が立ち止まり、自身を内省し、次の行動を選択する余地を確保するための基盤として位置づけられていました。
▲日系・外資・グローバル本社と多様な組織を渡り歩き、人事の変革を担ってきた田中憲一様。実装を知る立場から、育成を「支援の設計」として語った。
オリエントコーポレーション 「人的資本経営と業務構造の再設計」
オリエントコーポレーションでは、人的資本への投資を、教育や研修といった個別施策に限定せず、経営戦略と連動した人財戦略・制度基盤の設計として捉えています。社員一人ひとりが主体的に学び、能力や専門性を発揮するためには、挑戦や成長を支える業務プロセスや制度環境が整っていることが重要であるという考え方です。
同社が重視しているのは、人材の成長を個人の意欲や努力に委ねるのではなく、人財価値が継続的に発揮される状態を組織としてつくることです。育成と業務構造、制度設計を切り分けずに捉える姿勢に、オリエントコーポレーションの人的資本経営の特徴が表れています。
▲松岡英行様 (株式会社オリエントコーポレーション/取締役(兼)専務執行役員 人事・総務グループ長(兼)業務統括部担当(兼)企画グループカルチャー変革担当)
松岡英行様 「育成を進めるとともに、業務構造を見直す」
オリエントコーポレーションの松岡英行様は、管理職を取り巻く現実を「構造の問題」として捉えていると語りました。
管理職は、プレイヤーとしての成果責任を担いながら、人のマネジメント、さらには個人情報管理や各種ガバナンス対応まで求められる存在になっています。役割が複合化し続けるなかで、これ以上育成施策や新たな期待を上乗せしても現場は持続しないという率直な認識が共有されました。
「このような状況の中で、育成施策を積み重ねていくことには、現場の負荷という観点から慎重な検討が必要だと言われています。」
同社では、育成施策の検討と並行して、管理職を取り巻く業務のあり方そのものにも目を向けています。業務を減らし、整理する取り組みは、育成を考える上で欠かせない要素の一つとして位置づけられてきました。
具体的には、
- 会議時間を原則短縮する
- 資料作成の枚数や準備工数にルールを設ける
- 過剰な事前準備や形式的な作業を見直す
といった、極めて地道な取り組みから始めています。
松岡様は、こうした取り組みについて「業務負荷を減らすこと自体が、会社から管理職への明確なメッセージになる」と述べました。変革や成長を求める一方、会社として負荷を引き受ける。その姿勢があって初めて、人は育成や挑戦に向き合えるという考え方です。
松岡様は、育成を制度や研修の追加として捉えるのではなく、育成が機能するための前提条件を、業務や環境の側から整えていく視点の重要性を語りました。ミドル層の負荷が高まりやすい状況を認識しつつも、できるだけ余計な負担を増やさないための改善を地道に重ねていく。その姿勢の延長線上に、今回の取り組みも位置づけられていました。
▲オリエントコーポレーション一筋で30年以上、経営企画から人事・総務までを歴任してきた松岡英行様。制度と業務の現実を知り尽くした立場から、育成以前の設計課題を提示した。
田中研之輔教授が語る「テクノロジー時代における育成の基盤」
二人の実務責任者の発言を受け、田中研之輔教授は議論を「育成の基盤」という観点から整理しました。
「聞く力、対話力は、後天的に獲得できるスキルです。」
田中教授が強調したのは、キャリア自律的なフィードバックを十分に受けてこなかった世代が、いま多様な人材をマネジメントする立場に置かれているという現実です。
このギャップは、意識改革や精神論では埋まらない。必要なのは、トレーニングと振り返りを通じて、対話をスキルとして獲得していく設計だと述べました。うまくいかなかった経験を、上司や仲間、あるいは本人との対話によって言語化し、再解釈する。その積み重ねこそが、育成の実効性を高めていくという指摘です。
また田中教授は、AIによるパーソナライズド支援が現実のものになりつつある一方で、重要な線引きも示しました。AIは、個人の状態を可視化し、示唆を返すことはできる。しかし、その情報をどう解釈し、どのような判断につなげるかの責任は、人が引き受け続けなければならない。
とりわけ、個人データを育成支援にどう活かすのか、どこまでを人事や経営の意思決定に組み込むのかは、テクノロジーではなく組織の価値観と哲学の問題であると語りました。
AIと人の役割を分担するのではなく、人が判断の主体であり続ける前提でテクノロジーを組み込むこと。それが、これからの育成に求められる基盤であるというメッセージでした。
▲田中研之輔教授とアデコは、イベントや対談動画などを通じて、継続的なコラボレーションを行っている。
行動から逆算する育成:ワークショップ「マネジメント・スキルパズル」
イベントの後半では、アデコ コンサルティング事業本部の樽磨篤嗣がファシリテーションを務め、ワークショップ「マネジメント・スキルパズル」が実施されました。本ワークショップの狙いは、育成を抽象論や理想論から切り離し、現場で実際に起きている行動レベルまで分解して捉え直すことにあります。言葉での議論を経て、参加者の視線はテーブルへ。会場の空気が、実践モードへと切り替わっていきました。
▲カードを手がかりに、現場で求められる能力を一つひとつ言語化していくオリジナルワークショップ。
このワークショップでは、参加者一人ひとりが架空企業の課長という設定のもと、「現場では具体的にどのような行動が求められるのか」、そして「その行動を成立させるために、どのようなスキルや視点が必要なのか」を、一つひとつ整理していきます。
樽磨は、スキルを先に定義するのではなく、行動を起点に逆算することの重要性を繰り返し強調しました。背景にあるのは、育成が「求める人物像」や「あるべき管理職像」といった抽象的な言葉で語られがちな現状への問題意識。そうした言葉は共有しやすい一方で、現場で何を変えればよいのかが曖昧になりやすい。だからこそ、まず行動を具体化し、その行動を支えるスキルや判断軸を明確にする必要があると、樽磨は考えています。
行動とスキルの関係を可視化するこのワークを通じて、参加者からは「育成を制度や研修の話としてではなく、自分の現場の設計課題として捉え直すことができた」という声も聞かれました。本ワークショップは、育成を精神論から切り離し、設計可能な対象として扱うための実践的なアプローチを提示する場となりました。
▲ファシリテーターを務めた樽磨篤嗣は、風土改革や組織活性化だけでなく、スキル定義やリーダー育成にも精通。
おわりに ~育成を設計の問題として引き受けるということ~
本ラウンドテーブルを通じて、一貫して突きつけられていた問いは、次の三点に集約されます。
- 管理職に、組織は何を期待しているのか
- その期待を引き受けられる前提条件は、整えられているのか
- AIは、負荷軽減のために使われているのか。それとも新たな業務を生み出していないか
これらは、どれか一つに答えれば済む問いではありません。むしろ三つは密接に絡み合い、切り分けて考えること自体が難しいテーマです。
育成とは、研修やプログラムの問題ではなく、組織がどのような前提を置き、どこまでを構造として引き受けるのかという、経営の意思決定そのものだ。本イベントを通じて、その認識が改めて共有されました。
「管理職に期待をかけるのであれば、業務構造や支援の在り方も含めて再設計する必要がある。」
「AIを導入するのであれば、その使いどころと責任の所在を、人が決め続けなければならない。」
本ラウンドテーブルは、そうした「育成以前の設計課題」を可視化する場でもありました。アデコは今後も、こうした問いから目を背けることなく、企業同士が実務の言葉で向き合う対話の場として、人的資本ラウンドテーブルを継続していこうと考えております。
▲アデコ コンサルティング事業本部のコンサルタントたち。多様な視点から議論に加わり、会場の対話を一層深めた。
「問いを掲げる人事から、設計する人事へ」
(プロデューサー:吉水の視点より)
今回の人的資本ラウンドテーブルを通じて浮き彫りになったのは、人材育成の議論が、理念や問題提起の段階を越え、実装を前提としたフェーズに入ったという事実です。
AIの進展によって育成の選択肢は確実に広がりました。しかしそれは、育成が容易になることを意味するものではありません。むしろ、人事や管理職自身が、これまで暗黙のうちに前提としてきた役割定義や支援条件を、あらためて設計し直すことが求められています。
印象的だったのは、登壇者の議論が施策論に終始せず、一貫して「育成が成立する状態とは何か」という前提条件に向けられていた点です。管理職に何を期待しているのか。その期待を引き受けられる業務構造や支援環境を、組織としてどこまで用意できているのか。これらは意識や姿勢の問題ではなく、組織が引き受ける設計の問題として語られていました。
人的資本ラウンドテーブルが目指しているのは、唯一の正解を示すことではありません。各社が自社の状況に照らし、人事施策の前提を問い直し、再設計するための視点や比較軸を持ち帰ってもらうことです。
育成は、施策の数で競うものではありません。問いを掲げるだけで終わらせず、それをどのように構造や仕組みとして実現するか。今回の対話が、その一歩を踏み出すための材料となっていれば、プロデューサーとしてこれ以上の喜びはありません。
Profile

アデコ株式会社 コンサルティング事業本部 人的資本経営グループ長
大手印刷会社経て、メガバンクへ入行。社内MBOにて設立したIR専門の会社にて、統合報告や適正株価試算やIPO支援を行う。
その後、人材ベンチャーの第二創業期に参画し、執行役員CROとして副業・兼業やプロボノ活動、越境活動等の既存の働き方に捉われないキャリア活動や、新しい人材の活用の手法を大手企業・ベンチャー・地方企業等に幅広く提案を行う。
(撮影/執筆:アデココンサルティング事業本部 三宅弘晃)
田中研之輔氏 プロフィール
博士号 専門:キャリア開発 組織アナリスト
株式会社 キャリアナレッジ 代表取締役社長
一般社団法人 プロティアン・キャリア協会 代表理事
法政大学キャリアデザイン学部 教授
UC.Berkeley 元客員研究員/Melbourne University 元客員研究員
日本学術振興会 元特別研究員(PD:一橋大学/SPD:東京大学)
著書38冊・社外顧問 36社歴任
<著作リスト・一部>
『プロティアンシフト』(2023.5)
『社員がやる気をなくす瞬間』(2022.12)
『人的資本の活かしかた』(2022.8)
『キャリアワークアウト』(2022.7)
『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』(2022.4)
『新しいキャリアの見つけ方』(2022.1)
『プロティアン教育 ー三田国際学園のキャリアエスノグラフィ』(2021.11)
『ビジトレ ー今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』(2020.6)
『プロティアン ー70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』(2019.8)
『教授だから知っている大学入試のトリセツ』(2019.3)
『辞める研修 辞めない研修 ー新人育成の組織エスノグラフィー』(2019.3)
『先生は教えてくれない就活のトリセツ』(2018.7)
『ルポ 不法移民 ーアメリカ国境を越えた男たち』(2017.7)
『実践するキャリアオーナーシップ』(2024.3)
『進化するキャリアオーナーシップ』(2024.3)
『キャリア・スタディーズ -これからの働き方と生き方の教科書』(2024.9)
『これからのキャリア開拓』(2025.6)
『グロースマネジャー』(2025.6)
『キャリアエンゲージメント: ミドルシニアの自律と越境』(2026.1)
田中憲一氏 プロフィール
株式会社トリドール
取締役(兼)CHHO最高ハピネス・ヒューマン責任者
【略歴】
- 1990年4月
- 富士通株式会社入社
- 2003年6月
- ゼネラル・エレクトリック・インターナショナル・インク日本支社入社
- 2009年5月
- バーバリー・ジャパン株式会社入社
- 2010年9月
- Burberry Asia Limited 入社
- 2016年1月
- サントリーホールディングス株式会社入社
- 2020年1月
- サントリー食品インターナショナル株式会社入社
- 2021年9月
- サントリーホールディングス株式会社入社
- 2024年2月
- 株式会社トリドール入社、執行役員 (兼) CPOO
- 2024年5月
- 執行役員(兼)CHHO(兼)ハピネス・ヒューマンサポート本部長
- 2024年6月
- 取締役(兼)CHHO(兼)ハピネス・ヒューマンサポート本部長(現任)
松岡英行氏 プロフィール
株式会社オリエントコーポレーション
取締役(兼)専務執行役員 人事・総務グループ長(兼)業務統括部担当(兼)企画グループカルチャー変革担当
【略歴】
- 1990年4月
- 株式会社オリエントコーポレーション入社
- 2018年6月
- 執行役員
- 2019年4月
- 企画グループ経営企画部長
- 2020年6月
- 常務執行役員
- 2020年6月
- 企画グループ副担当(兼)企画グループ経営企画部長
- 2020年8月
- 企画グループ副担当(兼)企画グループ経営企画部長(兼)企画グループ経営企画部戦略企画室長
- 2021年1月
- 企画グループ副担当(兼)企画グループ経営企画部長
- 2022年4月
- 企画グループ副グループ長(兼)企画グループ経営企画部長
- 2022年6月
- 人事・総務グループ長
- 2025年4月
- 専務執行役員
- 2025年4月
- 人事・総務グループ長(兼)業務統括部担当(兼)企画グループカルチャー変革担当(現任)
- 2025年6月
- 取締役(兼)専務執行役員(現任)
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