人事ノウハウ

2026年度税制改正大綱を読み解く。「178万円の壁」対策から福利厚生の拡充まで“今すべき準備”とは

2026/04/22

2026年度税制改正大綱を読み解く。「178万円の壁」対策から福利厚生の拡充まで“今すべき準備”とは
2026年度税制改正大綱を読み解く。「178万円の壁」対策から福利厚生の拡充まで“今すべき準備”とは

2026年度税制改正大綱では、深刻な人手不足への対応として、所得税の「178万円の壁」への引き上げや、42年ぶりとなる食事補助の非課税枠拡大など、従業員の手取り増に直結する重要項目が盛り込まれました。一方、賃上げ促進税制の縮小など、経営コストに関わる変更も予定されています。

本記事では、これら主要な税制改正のポイントを整理し、企業人事が押さえておくべき対応の方向性や、実質的な手取り増を実現する福利厚生の活用術を解説します。法改正を機とした「攻めの人事戦略」の立案にお役立てください。

2026年度税制改正の全体像

2026年度(令和8年度)の税制改正では、長年続いたデフレ経済からの完全脱却と、深刻化する人手不足に対応するための「労働力確保」を最優先事項として掲げています。

「年収の壁」の見直しをはじめとする今回の改正内容は、物価高騰に直面する国民生活を支えつつ、企業の投資意欲と賃上げを促すことで、日本経済を成長型経済へと移行させる重要な転換点となるでしょう。企業にとっては、従来の「コスト削減」を前提とした経営から、潜在的な労働力を最大限に引き出し、人的資本への投資を加速させる「成長支援」のステージへのパラダイムシフトが必要不可欠です。

また、人事担当者にとっても、改正内容を単なる事務作業の変更として捉えるのではなく、社内の採用戦略や福利厚生などの観点において、改正後のルールに則った社内規程を構築するための重要な役割が求められます。

所得税「178万円の壁」への引き上げ

長引く物価高による生活苦が叫ばれる中、「年収の壁」によるパートやアルバイトの「働き控え」が長らく問題視されており、今回の税制改正大綱では年収の上限が引き上げられることとなりました。

所得税の負担なく働くための年収上限が大幅に引き上げられることは、パート・アルバイト層の働き方に大きな変化をもたらし、企業の人材戦略にも多大な影響を及ぼします。

なぜ103万円→160万円→178万円へ変わるのか?

これまで「年収の壁」として定着していた「103万円」という基準は、給与収入のみの場合、給与年収が103万円以下であれば所得税がかからないことを意味しており、1995年から設けられたものです。しかし、近年のインフレや最低賃金の引き上げによって、労働や生活環境の実態との乖離が著しくなっていました。

所得税の「年収の壁」:2024年~2026年の変遷

このような状況を受け、2025年には所得税のかからない給与年収の上限は従来の「103万円」から「160万円」に引き上げられ、今回の改正では、2026年から2027年まではさらに「178万円」まで拡大されることとなりました。これには、働く人の手取りを増やし、消費を活性化させるという政府の強いメッセージが込められているといえるでしょう。

参考:財務省|令和8年度税制改正の大綱

パート・アルバイトの「働き控え」は解消されるか

所得税の非課税枠が178万円へ引き上げられることで、「年収の壁」を意識し、就労調整をしていた層の就労時間が拡大すると見込まれます。具体的には、2024年までの103万円と比較すると、年間75万円分を追加で働くことが可能となります。

例えば、時給1,200円のスタッフの場合、「75万円÷1,200円=625時間」となり、年間で約600時間以上の「追加の勤務時間」が生まれる試算です。これは企業にとって、既存スタッフの労働力を最大限に活用できるチャンスであり、採用コストの抑制や繁忙期における人手不足解消への大きな期待に繋がります。

ただし、人事担当者にとっては、非課税枠の拡大によって従業員が就労時間を増やしやすくなる一方で、制度上の“別の制約”が依然として存在することにも注意が必要です。今後のシフト設計や人員計画を検討する際は、税制面の変化だけでなく、社会保険制度を含む全体的な影響を見据えた対応が求められます。

「税金の壁」と「社会保険の壁」のねじれ現象

人事実務で最も留意すべきは、税金と社会保険では「年収の壁」が異なり、今回の税制改正によって「税金の壁」が引き上げられたとしても、「社会保険の壁」は依然として残されているという点です。

【年収別】超えると何が変わる?

2026年1月時点の「社会保険の壁」は、従業員規模などに応じて「106万円」または「130万円」の壁があります。もし、従業員が「178万円まで所得税がかからないから損をしない」と考えて労働時間を増やし、不用意に社会保険の扶養を外れた場合には、社会保険料の負担によって思うように手取り額が増えず、勤務先への不満へと繋がりかねません。

特に106万円の壁については、2026年10月をめどに賃金要件が撤廃され、週20時間以上の勤務者は原則加入となる予定であるため、企業としては税制と社会保険の両面から正しい情報を従業員に周知することが重要です。

学生アルバイトと高所得世帯の注意点

近年の税制改正では、本人だけでなく世帯主(親や配偶者)の税負担にも大きな影響が及んでいます。

例えば、19歳以上23歳未満の子を持つ親を対象とした「特定扶養控除」については、子の給与年収が150万円までの場合は親の税負担が急増しないよう、2025年からは新たに「特定親族特別控除」が創設されました。さらに、2026年度税制改正大綱によって年収の壁が引き上げられたことで、2026年からは年収159万円以下であれば控除額を満額適用できます。

また、世帯主が配偶者控除を適用する場合には、今回の税制改正大綱によって、配偶者の給与収入が169万円以下であれば、配偶者特別控除によって控除額を満額適用できます。

特に子育て世代の従業員からは、税制改正に伴って家族の働き方に関する問い合わせが増えると予想されるため、人事部を中心に正確な情報整理を行いましょう。

法人税:賃上げ促進税制の改編と人件費予算への影響

事業主が従業員の賃上げを実施した場合に、法人税や所得税を軽減できる「賃上げ促進税制」については、国が一律に支援する段階から、企業が自律的に賃上げを継続できる体質を目指す段階へと移行し、優遇措置の縮小と要件の厳格化が進められます。

「賃上げ税制」の優遇が縮小へ。まずは自社の適用期限をチェック

賃上げ促進税制の見直し案

参考:経済産業省|令和8年度経済産業関係 税制改正について

2026年度税制改正大綱により、大企業(全企業)向けの措置は2026年3月31日までに開始する事業年度をもって廃止される見通しとなりました。中堅企業(常時使用する従業員数が2,000人以下の法人など)向けについても、要件の厳格化(継続雇用者の給与増加率を4%以上に引き上げるなど)を経た上で、2027年3月31日までに開始する事業年度を最後に廃止される方向が示されています。

中小企業(資本金が1億円以下の法人など)向けについては、2027年3月末以降の存続は検討段階にあるものの、中堅企業とともに教育訓練費の上乗せ措置が廃止されるため、自社がどの区分に該当し、いつまで当制度を適用できるかについて確認する必要があります。

参考:財務省|令和8年度税制改正の大綱

「税金のキャッシュバック」が減る?次年度の人件費予算への影響

これまで法人税額から直接差し引かれていた税額控除という実質的なキャッシュバックがなくなる、あるいは減少することは、実質的な人件費負担の増加を意味します。特に、大企業の場合には、現行の制度では給与等の増加額に最大35%の控除率を乗じて税額控除を適用できますが、2026年4月以降に開始する事業年度からは制度自体が廃止されます。

例えば、給与等の増加額が1億円の場合、制度の廃止前であれば最大で「1億円×35%=3,500万円」の税額控除を適用できますが、廃止後はゼロとなるため、企業の実質的な人件費負担は大幅に増加することとなります。

したがって、経理・財務部門と連携し、改正内容を踏まえた次年度以降の人件費シミュレーションを再考することで、自社の体力に合わせた人員計画を立てることが重要です。

税制に左右されない昇給と、実務上の備え

賃上げ促進税制の廃止や縮小を受け、企業としては、外部の税制優遇に頼り切るのではなく、自社の業績や評価に基づいた、納得感のある昇給ルールの構築が必要不可欠です。このような「自律的な賃上げ」を継続的に実現するためには、従業員一人ひとりの「生産性(付加価値)の向上」が欠かせません。

また、引き続き税制優遇を受ける中堅企業や中小企業についても、改正点を正しく理解し、自社での適用可否を正確に判断する必要があります。教育訓練費の上乗せが廃止されるだけでなく、中堅企業の場合は給与等の増加割合の引き上げも行われることから、「改正後も引き続き制度を適用できるか」を慎重に確認しましょう。

福利厚生:食事補助の非課税枠が「倍増」。手取りアップの秘策

物価高騰が続く中、従業員の生活を直接支援できる「食」の福利厚生は、所得税や社会保険料の負担を抑えつつ、実質的な手取りを増やす有効な手段として再注目されています。

インフレ対策としての「食」の支援

2026年度税制改正大綱では、従業員に対する食事補助の非課税枠について、現行の月額3,500円(税別)から7,500円(税別)へと大幅に引き上げられることとなりました。これは1984年以来、実に42年ぶりの引き上げであり、食品価格高騰に対する実効性の高い支援策となります。

改正の概要

参考・出典:経済産業省|令和8年度経済産業関係 税制改正について

参考:国税庁|食事の現物支給に係る所得税の非課税限度額の引上げについて

社会保険料を抑えつつ「実質給与」を増やすメリット

給与として支払う場合と異なり、食事補助は、要件を満たせば会社・従業員ともに所得税や社会保険料の負担なしでメリットを享受できる、非常に効率の良い還元策です。

既存の給与体系で、課税対象である「食事手当」を金銭で支給している場合には、税法に則った「食事補助制度」を導入するなど、福利厚生規定を充実させることで、会社側のコストを抑えながら、従業員の実質的な手取り額を増やすことが可能です。

導入の注意点

従業員に対する食事の支給を非課税とするためには、「食事の価額の50%以上を役員や従業員本人が負担していること」と「会社の負担額が月額7,500円(改正前は3,500円)以下であること」が求められます。

会社負担と従業員負担を折半する場合の適用イメージ

参考・出典:経済産業省|令和8年度経済産業関係 税制改正について

ただし、残業時の夜食や宿日直勤務の際に支給される食事については、上記にかかわらず給与課税は不要となり、その全額を福利厚生費として計上することが可能です。

このように、税務上のルールに基づいて社内規程を整備することで、従業員に対する手厚いサポートを実現できるでしょう。

在宅勤務・ハイブリッドワークに伴う手当の税務処理

「多様な働き方」が定着したことを受け、これまで実務上の大きな負担となっていた経費の取り扱いについて、より明確で簡素な精算方法を確認しましょう。

実務における在宅勤務費用の取り扱いと事務負担の軽減

世界規模での感染症の影響により、リモートワークが急速に普及した際には、在宅勤務に伴う通信費や電気料金を会社側で負担する場合に、給与課税が必要かどうかの判断基準が不明確であり、人事担当者が困惑するケースもありました。

そこで国税庁は、2021年に「在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ」を公表し、在宅勤務に伴う通信費や電気代のうち、床面積や勤務日数などに基づいて実費精算する場合には、給与課税は不要であることを明らかにしました。

参考:国税庁|在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ(源泉所得税関係)

したがって、現在も引き続き在宅勤務を導入している企業においては、国税庁の指針に基づいた経費精算方法を整備することで、事務負担の軽減に努めることが大切です。

「手取り最大化」を叶える規程の見直し

所得税の非課税枠が178万円に広がる今、企業には給与所得以外の形での従業員還元が求められています。

例えば、現在「在宅勤務手当」を定額支給している場合、これを「実費精算」に切り替えることで、社会保険料や所得税の負担が不要となり、従業員の手取りを増やすことができます。ただし、従業員が自由に処分できる「渡切り」の支給は引き続き給与課税の対象となるため、領収証の提出や合理的な計算に基づく精算ルールの整備が必要です。

税制改正大綱だけでなく、国税庁から示される指針や考え方をスピーディーに取り入れ、就業規則やテレワーク規程をアップデートすることで、コストを抑えた「実質賃上げ」を追求しやすくなるでしょう。

今後のスケジュールと「2027年1月」に向けたカウントダウン

今回の税制改正大綱で盛り込まれた「178万円の壁」や賃上げ促進税制縮小、食事補助の非課税限度額引上げについては、早速2026年から適用がスタートするため、企業は然るべきタイミングで対応を行わなければなりません。

具体的には、下表のスケジュールを目安に適切な対応を進めましょう。

「2027年1月」に向けたスケージュール

まとめ:「守りの実務」から「攻めの人事戦略」へのシフト

今回の税制改正大綱については、単なる事務手続きの変更点として捉えるのではなく、自社の給与体系や福利厚生制度が昨今のインフレ環境や人材市場にマッチしているかを問い直す機会にすることが重要です。

社内制度のアップデートをきっかけに従業員のエンゲージメントを高め、「より長く、より柔軟に働ける環境」を提案していく「攻めの人事戦略」への転換こそが、人手不足を勝ち抜き、これからの企業成長を支える鍵となるでしょう。

【監修者】
服部 大 服部大税理士事務所 税理士
https://zeirishihattori.com/
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