ひきた よしあき
コミュニケーションコンサルタント
コラムニスト
株式会社SmileWords 代表取締役
仕事から家に帰って、テーブルの上に重たい鞄を置く。
手を洗い、服を着替えようとするわずかなスキに、こんな言葉が聞こえてきます。
「一体いつまで、この生活が続くんだろう」
「この生活が続かなくなったら、次にどんな生活が待っているんだろう」
変わっても、変わらなくても不安。椅子に座ると、肩に背中に、疲労が滲んでいるのがわかる。
そんなとき、あなたに読んでほしい言葉を集めてみました。
力むでもなく、猫撫で声で慰めるでもなく、あなたの口角がふっとあがって、「よし、着替えよう!」と気を取り直してもらえれば十分。
あなたのモチベを、ほんのわずか上向きにする「言葉のお守り」です。
※各コラムにある「音声で聞く」から、オトでもコラムを楽しむことができます。通勤・移動中などにご活用ください。
もの忘れや遅刻がひどくなってきた
酷暑だった今年の夏。ぼーっとする時間が増えました。おかげで、ミスや忘れ物が例年になく多く、「歳のせいかなぁ」と何度もため息をつきました。
大きなところでは、家と事務所の鍵をなくし焦りましたが、スペアキーを隠している場所があり、それでなんとか事なきを得ました。
会議の予定を忘れたり、時間を間違えたりもしました。時間に正確なことが売りの私だっただけに、肩を落としました。
誤って、ワイヤレスイヤホンを洗濯機の中に入れてしまったことも。高価なものだけに、落ち込みました。
こんな経験をしている中で、出合った言葉が、心理学博士 榎本博明さんの「回想記憶」と「展望記憶」です。
記憶とは、覚えて頭に残しておくものとしか考えていなかった私には、衝撃的なものでした。
簡単に説明すると、「回想記憶」とは、過去の出来事に関しての記憶のこと。これは私たちが理解しているイメージと変わりません。
初めて知ったのは、「展望記憶」です。
「展望記憶」を榎本博明さんは、
未来にしなくてはいけないことについての記憶
と説明されています。
「明日、何をしなくてはいけないのか」「今後、どのようなスケジュールで動き、そのためにどんな行動をしなくてはいけないのか」
こうした未来を展望することも記憶だったのです。
この夏、会議などやらなくてはいけないことを、忘れてしまうことが多かったのは、展望記憶が弱っていたから。夏バテで、ぼーっとした時間が増え、明日のことなど面倒くさくて考えられなくなっていたからだったのでしょう。
今日は何をしたか。明日は何をするか
みなさんは、昔に比べて未来を思い描く力が弱くなっていると感じることはないでしょうか。
原因のひとつに、スマホのスケジューラーがあります。
スケジュールが入ると、指先で簡単に入力できる。頭に記憶しなくてもスマホさえ見れば、正確なスケジュールがでてきます。しかし、手書きで手帳に書いていたときに比べ、あまりに便利すぎる。これによって、私たちは未来を展望する力が弱くなっているのではないか。
また、仕事の量が増え、複雑になり、すでに脳みそはキャパオーバー。未来を思い描く容量がなくなっているようにも感じます。これでは、ポカミスや忘れ物は、増えるばかりです。
では、どのようにすれば「回想記憶」と「展望記憶」を鍛えることができでしょう。
やり方は、至ってシンプル。今晩からでも実践できます。
寝る前に、
「今日は何をしたか(回想記憶)、明日は何をするか(展望記憶)」
と自分に問いかけること。できれば、それぞれ3つずつ思い出せれば記憶の精度はかなり高くなります。
「今日は、あの仕事の会計処理を終え、打ち合わせをひとつこなし、こどもを塾に迎えにいったとき、こんな会話をしたな」
と、「回想記憶」を使う。
「明日は、上司面談と新しいメンバーとのチャット会議、昼は、○○さんと久しぶりにランチをする予定・・・」
と「展望記憶」を使う。
これを考えている間に脳みそは、「だったら、少し早めに起きなくちゃ」「着ていく服は、少しフォーマルな方がいいな」「子どもに参考書を買うお金を渡さなくちゃ」といろいろなことを考え始めます。
これを繰り返すうちに、過去と未来を記憶する力が強くなり、ポカミスやうっかりが減ることにつながるはずです。
記憶力が、生活のメリハリをつくる
私の過去を振り返ると、30代の半ばから40代頃の記憶がありません。もっとも働いていた時期なのに、これと言った思い出がないのです。忙しすぎたのでした。昼も夜もなく働いて、四季の移ろいを
感じることもありませんでした。回転寿司のように、ただ目の前にきた仕事をこなすだけで精一杯。過去を思い出すことも未来を展望する余裕もありませんでした。
これでは、一日一日のメリハリがありません。37歳の頃と40歳の頃の区別がつかず、ただ漫然と過ごしていたようにさえ見えます。
もし、あの頃に「回想記憶」「展望記憶」という言葉を知っていて、
「今日は何をしたか、明日は何をするか」
と毎晩、布団に入るときに問いかけていたら、もう少し後々の記憶に残る生き方ができたのではないかと悔やまれます。
記憶力が、生活にメリハリをつくります。
そのメリハリが、ミスや忘れ物を減らしてくれるはずです。
今日からあなたも、「回想記憶」と「展望記憶」を意識されてみてはいかがでしょうか。
夏バテは、遅れてやってくるとも言われます。
お体に気をつけて。
「叱られて育った時代」から「褒められて育つ時代へ」
この流れが本格化してきたのは、2000年以降のようです。2006年あたりから「モンスターペアレンツ」という言葉が登場。
「うちの子を叱った教師に謝らせろ!」
と乗り込んでくる保護者が増えてきた。教育現場が萎縮して、教員が子どもを叱ることを控え出します。時代を合わせるかのようにインターネットが普及して、叱った教師が晒し者になるケースもしばしば。国の教育方針も「個性を育てる」ことが重要視され、みんなと同じ行動を促す教え方が影を潜めました。
生まれたと同時にこの空気を吸ってきた子どもたちがだんだんと社会に出るようになってきました。
世の中は、少子化で人手不足。若い働き手は喉から手が出るほどほしい。
「新人を辞めさせたら、上司の責任だ!」
という空気が社内に蔓延し、若い子に厳しい態度をとることが控えられるようになりました。「教育の萎縮」から「職場現場の萎縮」へと若者を叱らない風潮が広がってしまったのです。
「ゆとり」と言われる中でがんばってきたのに!
気がつけば会社は、「コーチング」「1on1面談」「心理的安全性」なんて言葉ばかりが飛び交い、厳しく指導されることのリスクばかりが強調されます。
しかし、今の新人の直属の上司となる30代半ば世代は、
「あいつは、ゆとり(世代)だからダメだ」
と言われ続け、それが嫌で自力でがんばってきた人たちが多いのです。
「私たちは、叱られたり、バカにされたりする中でがんばってきたのに、なぜ、若い子には同じことをやってはいけないのだろう」
「甘い顔ばかりしていたら、仕事なんて身につかないよ」
という思いがあります。
私が教えている大学生たちは、インターンシップに行って、一番性に合わないのが30代の社員のようです。
「私が、新人のころは・・・」「これくらい習ってきているでしょう」などと、きついことを言われると戸惑っています。
年齢が3年離れると、価値観が変化し、世代格差が生まれるそうですが、最近は、ますますそのような違いが際立ってきているように見えます。
ソクラテスの「助産(=産婆)術」を実践してみよう
さて、こんな部下や後輩を抱えた皆さんに教えたいのは、哲学者ソクラテスが実践した「対話法」です。
直接教えるのではなく、自分の中に答えを見つけられるように導く。
ソクラテスは、この「対話」を、助産師が赤ちゃんを取り上げるように、その人の中心にある考えを導き出す語りとして実践しました。
上司 「今回のミスを通じて、どんなことに気づいた?」
部下 「確認が足りませんでした・・・」
上司 「その“確認”って、誰のためにするものだと思う?」
と問いかけて相手に考えを促す。
上司 「“できない”って言うけど、それ、誰が決めているの?」
部下 「私…かもしれません」
上司 「じゃあ、“できた”とか“できるようになった”って、決めるのは、誰?」
と、心の中にある考えをすくい上げていく。
人は命令や指導されるより、自分で発見した答えを信じ、行動に移すものです。
幼い頃から、アクティブラーニングを学び、話し合うことで答えを導き出すことに慣れているので、頭ごなしの命令よりも効果的ではないでしょうか。
最高の知恵を身につける
ソクラテスが、「助産術」を実践していたのは、今から2400年も前のこと。以来、この対話形式は、「人類最高の知恵」と言われています。
若い人を、ただ命令に従う人ではなく、“考える人”に育てていく。
これは子育てでも同じでしょう。相手に気づきを与える“知的なやりとり”ができるようになれば、あなた自身も変わっていくはず。
「昔は、厳しく叱るだけでよかった」
という思いから、
「今は、最高に知的な対話を通じて、相手に気づきを与える時代なんだ」
と自分の思いをアップデートできるのではないでしょうか。
若い人に声をかけることに萎縮しない。
この人の中にある“気づき”という赤ちゃんを、すくい上げてみませんか。
そんな気持ちの切り替えで、あなたのモヤモヤが晴れるかもしれません。
ぜひ、心がけてみてください。
「させていただきます」を使わないと怖い
先日、競合プレゼンの審査員をしたときのことでした。
A社のメンバーが入ってきました。光沢のある白いTシャツにスリムでスタイリッシュなスーツ姿の今どきの男性です。
その彼が、開口一番
「この度は、発表させていただく機会をいただき、ありがとうございます」
と言いました。大学で、言葉を教えている身としては、いきなりの「させていただく発言」に
思わず彼の顔を見てしまいました。
その後も「ご説明させていただきます」「資料を配らせていただきます」
「ご連絡させていただきました件は・・・」など、「させていただきます」のオンパレード。
さらには「ご覧になられる」「おっしゃられた通り・・・」と二重敬語がでてきました。
あまりに見事な過剰敬語に、「私の知っている敬語表現が古くて、今は
彼の発言がスタンダードなのかもしれない」と思うほど。
しかし「させていただく」を連発されると、リズムがとにかく悪い。ずっと聞いていると、バカにされているような気分にもなる。
肝心なプレゼン内容が、頭に入ってきませんでした。
「させていただく」のルールは、許可と恩恵
「させていただく」を使用するには、ルールが2つあります。
- 相手の許可を必要とする内容であること
- その許可によって自分が恩恵を被ること
例えば、コンサート会場に入るとき、
「入場の際、カバンを点検させていただきます」
という場合。
- カバンの中を点検する許可が必要
- 許可されたことで、自分は点検が可能になる。
この2つのルールを満たしたときに「させていただく」を使います。
ところが、
「本日の司会を務めさせていただきます・・・」
という場合、司会はすでに決まっていることなので、周囲の許可を必要としません。 この場合は、
「本日の司会をいたします」
となるわけです。
ルールさえわかれば「させていただきます」の使い方は、簡単なものです。
背後にある「生意気に思われたくない」という気持
しかし、ルールはあくまでもルール。こんな悩みを打ち明けてくる人がいます。
「先生、そのルールは知っています。でも、会議のときに、資料を配布する相手が目上の人や得意先の場合、
『資料を配布いたします』
というのが正しいとわかっていても、えらい人の許可をとる言い回しの方が、生意気に思われないと考えてしまい、
『資料を配布させていただきます』
と言ってしまいます。みんな、そう言ってるし、私だけ正しい使い方をして、生意気に見られるのはつらいです」
なるほど、一理あります。
言葉というのは、生き物。正しいと思われているものでも多くの人が口にするうちに変わりゆくものです。
例えば、
「ご覧ください」
という言葉を、昔は、「間違いですよ」と指摘されました。
正確には、
「ご覧になる+ください」
で、「ご覧になってください」なのです。
しかし、多くの人が「ご覧ください」と使うようになって、今ではこの使い方を咎める人は数少なくなりました。
同様に、「させていただく」の使い方も、今の対人関係の中で変化していくものなのかもしれません。
敬語の基本は、自分に厳しく、人には寛容に
私の同世代には、「敬語パトロール」が大好きな輩が数多くいます。
「あいつは、ろくに敬語をつかえない」
「あの人の敬語の使い方、イライラするの!」
という。中でも「させていただきます症候群」に激しい嫌悪を抱く人が多くいます。
しかし、私は思うのです。
「そういうあなたの敬語は、人に指摘できるほど完璧なものですか?」
と。私自身がそうですが、「ら抜き言葉」はいけないとわかっていても、
「食べれますか?」
と言ってしまうことがあります。
「おっしゃる」というところを「おっしゃられる」と言ってしまうこともあります。
「敬語パトロール」をしている人の言葉を聞いても、完璧な人はまずいない。本人は、正しいと思って
いても、他の人から見れば、誤りとされる敬語表現は意外と多いものです。
繰り返しますが、言葉は生き物なので、変化するのです。
敬語にとって大切なことは、正しさよりも相手を思う気持ちです。
相手を敬う気持ちがあれば、多少の間違いは許してもらえるものでしょう。
しかし、そこに甘えていてはいけません。
人には寛容であっても、自分の言葉が相手思いの洗練されたものであるために、
正しい敬語を学び、「伝わる美しさ」を力にしていくことは、
あなたを守る最強の武器になってくれるはずです。
「敬語パトロール」はほどほどに。
「させていただきます症候群」からの卒業をめざしてください。
卒業生が、「淡々」と「飄々」を語った
今から5年前、日本中がコロナ禍で覆われていた時代。
担当していた東京の大学の講座もすべてリモートになっていました。
せっかく上京したのに、下宿を引き払って地方の実家から講義を受ける
学生も多くいました。
「何のために苦しい受験に耐えたのか。
私が夢見たキャンパスライフは、こんなものだったのか」
多くの学生たちがこんな思いに駆られていました。
特に大変だったのは、就職を控えた学生たちです。
企業も初めてのリモートによる面接を実施。まだ、リモートに
慣れていない学生たちは、自宅でスマホの画面を見ながら、ぎこちない顔で
面接を受けざるをえませんでした。
彼らの、せめてもの救いになったのは、卒業式が実施されたこと。
この頃、少しだけ緊急事態が緩み、多くの学生が上京してきたのです。
私は、仲良くしていた学生たちと食事をしました。
私たちの間には透明な仕切りが設けられていたけれど、とにかく
嬉しい再会です。
声を出すのも憚れるような雰囲気の中で学生の話を聞いていました。
「リモート講義になって、レポートの数が
半端なく増えました。本来なら直接聞ける講義がない。怒りが
何度も込み上げました。でも、私は決めたんです。淡々とこなそうと。
それしかないと思いました」
「私もです。剣道部の大会もなくなって、すべてのやる気を失いました。
すごく悩んだけれど、でも、どんなに悩んでも解決はしない。
私は、これからの人生を飄々と生きようと決めたんです」
学生の口から出た「淡々」と「飄々」。
どこか、悟りの境地に至ったような彼らの言葉が私の中に
深く残ったのです。
淡々とこなす。飄々と生きてゆく
「淡々」とは、あっさり、こだわらない様。感情に流されず、冷静にものごとを
こなすことです。
「掃除をするのが面倒だ」と思ったとき、その「面倒」という気持ちをポンと
捨てて、自分が機械にでもなったように、体を動かしてみる。「面倒だ」「疲れた」
という気持ちが起きても、「はいはい、わかりました」と相手にせず、体を
動かす。そのうちに、部屋はきれいになる。気分もよくなってくる。
たくさんのレポートを抱えた学生は、「どうしてこんな目に合わなくては
いけないんだ!」という思いより先に、淡々とレポートに取り組むことで、
精神をコントロールしていったのでしょう。
「飄々」は、空に浮かぶ雲が、風に吹かれて漂うように、状況に左右される
ことなくマイペースで生きていくイメージです。
大学生活がコロナ禍とぶつかってしまった。それを悔やんでも仕方がない。
どんな障害があっても、あるいは突き抜けるような喜びの瞬間があっても、私はそれに
執着せず、風に吹かれる雲でありたい。そんな思いを学生は語っていたのです。
1年ぶりに再会した学生たちを見て、私は「成長したなぁ」と思うばかりでした。
学力とかスキルではなく、魂が磨かれたように感じられたのです。
その後、私たちは銀座から大学がある神保町まで歩きました。
夜になるとひと気もなく、街も暗い。しかし、彼らが東京の大学で
学んだ証のように感じられたのです。学生たちは泣いていました。
私も泣きました。
「淡々」と「飄々」で、自分を手放そう
学生たちから学んだ「淡々」と「飄々」という言葉は、禅の言葉「自己放下(じこほうげ)」に近いものです。
一旦、自分の感情をすべて捨ててみる。恨みも悔やみも悲しみも喜びもすべて
捨て、ただ淡々と体を動かし、飄々と漂う雲を見つめる。
こうすることで、心に余白ができてくるのではないでしょうか。
自分に執着し、感情をコントロールできなくなったとき、
仕事や人間関係のストレスで生きづらさを感じたとき、
問題を抱えて行き詰ったとき、
ぜひこの二つの言葉を思い出してほしいのです。
学生たちが語った「淡々」と「飄々」という言葉を。
小学校で「伝える言葉」を学んだ
私は、本を書くときも大学で教えるときも、『言葉』と漢字で書きます。
『ことば』とひらがなにすることは滅多にありません。
「『ことば』とひらがなで書いた方が、やさしいイメージがする」
と本を書く際、編集の方に指摘されます。しかし、崩すことはありません。私なりのルールがあるからです。
私は、小学3年生のときに、『言葉』という漢字を学びました。担任の先生が、黒板に葉っぱのいっぱいついた木の絵を描いて説明してくれました。
「言葉は、『言う』の葉っぱがたくさんついた木のようなものです。みんなが本を読んだり、話したりする中で、あなたの「言う」の葉っぱはどんどん増え、言葉の木は立派になっていきます」
私はこの話に衝撃を受けました。言葉をたくさん覚えて、自分の言葉の木を大きく育てたいと真剣に思ったのでした。
このイメージが強く残っていて、私は「言葉」を漢字で書きます。その方が、「言葉の木」を連想しやすいからです。
「自分の言葉を相手に伝えるために、言葉の木を立派にしよう」
これが様々な場所で講義をする私の根本的な考え方です。
ミャンマーで「伝わることば」を学んだ
コピーライターを長年やっていて、言葉を発信する技術ばかりを追いかけていた私。
まさに「言葉の木」を成長させることだけに、人生の多くの時間を費やしていました。この考えを変えたのは、ミャンマーのヤンゴン大学で教えたときのことでした。
ミャンマーでは、大学教授よりも誰よりも知恵をもっている存在は、僧侶とされて
います。「修行をされたお坊さんは、私たちの計り知れない知恵をもっている。だから
真剣に話を聞かなければいけない」とヤンゴン大学の先生に聞きました。実際、お坊さんの法話を聞く先生や学生の姿は、真剣そのもの。坐禅でも組んでいるかのようにみんなじっと聞いています。
「メモをとる学生がいませんね」
と無粋なことを先生に言うと、流暢な日本語で、こう答えられました。
「お坊さんの言葉を浴びて、それを体中に染みわたらせていくのです。ただ、頭でわかるだけでなく、腹落ちさせ、血液になるくらい真剣にその言葉を受けとるのです」
長く日本で生活をした先生は、こう続けました。
「日本人は、難しい漢字をひらがなに変えて覚えていったでしょう。同じように、お坊さんのおっしゃられた言葉を、みんな自分なりに解釈するために一生懸命なのです」
これを聞いたとき、私の中でひらめいたのが、
「伝える言葉」と「伝わることば」
でした。
「伝える言葉」は、自分の知っていること、考えたことを正しく、わかりやすく理解してもらうための言葉です。
しかし、そこで満足してはいけません。
その言葉を、相手が理解し、「なるほど、そうだな」と腹落ちしてくれる。それは、『言葉』という漢字が、相手の体の中に『ことば』というひらがなに変換されて血肉化していくことが大切なのです。
つまり、語彙を増やし、ロジックを組み立て、正確に、「伝える言葉」には、漢字の『言葉』を使います。
一方で、受け取った言葉を、理解し、噛み砕き、自分のものとして吸収する「伝わることば」には、ひらがなの『ことば』を使います。
この二つが機能することによってコミュニケーションが成り立つ。
これをはっきりと意識するために、私は『言葉』と『ことば』の表記を厳格に分けています。
「伝わることば」過多の現状
残念ながら、今の世の中は、自分が所属する業界の言葉、専門用語、カタカナ英語、ネットの言葉などが蔓延しています。
自分では伝えた気になっていても伝わっていないケースが多々あります。
だから身勝手な「言葉」が増えてしまった。
多くの人が、わけがわからず、自分の『ことば』として噛み砕くことができなくなっているようです。
言葉は、相手に伝わって初めて生きるもの。
「伝える言葉」の研鑽を積みながら、それが相手の心身に「伝わることば」になっているかを常に意識する。
この気持ちがないと、コミュニケーションは成立しない。
ネットやテレビから流れてくるニュースを見て、言葉が伝わらないことで起こる災いの多さに驚きが隠せません。
自分の言葉が、人の心に染みるものであるかどうか、時々チェックしてくださいね。
心は、主語を聞かない
心は、不思議なもので、「主語」を聞き取ることができないそうです。
「あなたは、バカね!」
と相手に発した言葉の「バカね!」の部分だけが自分の心に聞こえる。
「あんたなんか、大嫌い!」
と言えば、「大嫌い」だけが自分に蓄積されていく。
だから、いつも誰かを誹謗中傷するような言葉を発していると、そのすべてが
自分の心に刺さってくる。
あなたが口にするネガティブな言葉を、あなたの体も聞いている。それが脳に
書き込まれる。その言葉が体中のエネルギーに指令を送り、ますます
よくない状況を引き起こしてしまいます。
誰かの悪口を言って、憂さを晴らす。
話した瞬間は、気持ち良い(いい)かもしれないけれど、必ず言葉の毒矢は自分に刺さる。
恥ずかしながら、私はこれまで何度もこの毒矢を自分の心に向けて放ってきました。
会社で働いていた時代を振り返ると、40代が一番停滞していました。何をやっても
うまくいかない時期がありました。
思い返すとあの時代は、毎晩同僚と上司の悪口を言いながら飲んでいました。
「今日のあいつの態度は、ないよなぁ」
「責任を全部部下になすりつけて、恥ずかしくないのかなぁ」
などという言葉を酒のつまみにして飲んでいる。翌日も、上司の悪いところを
見つけては、仲間に披露して笑っている。
この数年が、自分の人生の停滞期でした。もったいないことをしました。
人生を人のせいにしない
そんなある時、エッセイストの岸本葉子さんにお会いしました。お話しした時間は
小一時間でしたが、彼女の言葉は、私の心に響くものばかりでした。
「食事で大切なことは、いいものを摂ろうではなく、悪いものを避けようとする
こと。何を食べるかではなく、何を食べないか」
という食事の話から、「悪いものを避ける」という話に発展。そこから、「いい言葉を
使おうではなく、悪い言葉を避ける」という話になりました。当時、上司の悪口ばかり
言っていた私には耳の痛い話でした。
「何を言うかより、何を言わないか」
この考え方が、心の健康につながる。自分の現状に向き合わず、人の悪口を言うことで、誰かのせいにしてお茶を濁したいという心情からきていることを教えていただいたのです。
「人生を人のせいにしない」
岸本さんのこの一言は、私の心に深く残りました。大切な座右の銘になっています。
神は、よい言葉に宿る
ポジティブな言葉ばかりを言うのは、疲れます。本心は怒りや憎しみや自己嫌悪で
あふれているのに言葉だけを肯定的にするのは、嘘くさくも思えます。
しかし、その「本心」と思っているものは、自分が発したネガティブな言葉の総体
でもあるのです。
自分の心と体に、自分の言葉で、労り、励まし、安堵させる。これを繰り返すうちに、だんだんと自分の心身が浄化されてくる。神は、よい言葉に宿るのです。
ネットを見ると、誹謗中傷や罵詈雑言で溢れています。
非常に刺激的で、中毒性のある言葉ばかりです。
しかし、こうした言葉を自分に浴びせることが、どれだけネガティブなことか。
ましてや、自らがこうした書き込みをする危険は、計り知れないものでしょう。
できれば寝る前の数時間は、SNSを遠ざけて、よい音楽を聴きながら、今日1日
がんばった自分に対して、「よくやったよ、えらいよ」と声に出したい。
いがみ合ったり、ひどい目に合わされた相手にも、「許すよ」「ありがとう」という言葉
を投げかけたい。
人生を人のせいにしないために、言葉の力を最大限に活用したいものです。
何をするのも嫌になった頃
40代の半ばを過ぎた頃、何をするのも面倒で仕方なくなりました。
せっかくの休日なのに、どこかに出かける気にもならない。
布団の中から出られない。
小説を読んでも、集中できず。
映画を見ても、他のことを考えているか、寝ているか。
誰かと外食したいけれど、予約するのも着替えるのも面倒。
大好きなアーティストのライブでも、帰りの混雑が疲れそうで行けない。
すべてのことが、面倒で仕方なくなっていました。
体力が落ちてきた。
会社人生も見えてしまった。
すでにいろんなことを経験して、新鮮味を感じる機会が減ってしまった。
理由は、様々ですが、私にとっての40代後半は、これまでの人生で一番疲れた時期でした。
「40代は、青年の老年期。50代は、老人の青春期」
という言葉がありますが、まさにこれ。
40代後半は、今以上に、老年期に迷い込んでいました。
シスター渡辺和子の言葉と出会う
50代になっても、憂鬱な時期は続いていました。
東日本大震災を経験したこともあって、
「平穏に暮らせれば、それでいい」
というのが人生の目標に。チャレンジの一切を拒絶していました。
そんなある日、書店をブラブラしているときに、薄っぺらい、小さな本のタイトルが目に入りました。
「面倒だから、しよう」
ページをめくると、
「自分の怠け心と闘った時に、初めて本当の美しさ、自分らしさが生まれてくる」
そんな一行が目に入ってきました。
「これだ!」
仕事に、人間関係に、人生にマンネリのようなものを感じていた私は、
いつの間にか「怠け心」に巣食われていたのです。
新しいことにチャレンジするよりも、今の環境と体力を削らないことばかりを考えていました。
「面倒」と考えたら、即座に「しよう!」と言って行動する。お尻を上げて、歩き出す。
これが唯一の、「青年の老年期」から抜け出す秘訣に思えたのです。
私は、シスター渡辺和子が書いた本を、何度も読み返しました。
ネットで彼女の著作を探しては、手あたり次第に読みました。やさしく、芯の強い彼女の言葉に、40代から50代を迎えたばかりの私はどれほど救われたことか。
感銘を受けたばかりか、
「いつか、こんな本を書ける人間になって、多くの人を励ましたい」
とまで思うようになったのです。
人生には、面倒期がある
「面倒期」は人によって時期は違うだろうけれど、誰にでもあるのではないでしょうか。
人生の先は大体見えているのに、その先に延々と倍近い時間が残されている。
でも、もう若くはない。似合う服も減ってきたし、無邪気にウィンドーショッピングする気分にもなれない。
こんな風に、半ば諦めかけている人も多いのではないかと思います。
私の経験では、これを克服するのは
「面倒だから、しよう」
という「言葉のお守り」です。
「面倒」と感じた方に、とりあえず動いてみる、舵を切ってみる。
「あぁ〜、料理するのが面倒だ!」
と「面倒」という心の声を聞いたら、自動的に動く習慣を作っていくのです。
コツとしては、「面倒だから、しよう」の「しよう」の部分を、掛け声にして、立ち上がってしまうことです。お尻が上がれば、大抵のことはどうにかなる。動いてしまえば、その仕事の半分は終わったも同然です。
一旦、シノゴノ考えることをやめて、お尻や腿の筋肉をつかって、物理的に動いてみる。
こうした努力を日常から続けることによって、「面倒期」からの脱出があるのではないでしょうか。
春は、とくに「面倒病」が出やすい季節です。
会社が変わったり、部署が変わったりと何かと心労の多い時期。
休日に、布団やソファで1日過ごしてしまう人も多いと思いますが、それに罪悪感を感じる必要もありません。思いのままに体を動かしたり、休めたり、「あるがままの自分」につきあってあげることも大事なことです。
しかし、ほんの少しのことでいいから、「面倒」なことを「して」ください。
洗濯をきれいに畳む。新しい本を読み始める。
きちんと予約して、友だちと外食する。
そうした行為の積み重ねが、自分を青年期へと誘う原動力になるはずです。
「面倒だから、しよう」
ぜひ実践に使ってみてください。
布団をかぶって、寝てしまえ!
長い人生を振り返ると、「あの人の、あの一言で救われた」と思うことがあります。
たとえば、どこの神社でおみくじを引いても「凶」がでる。やれば必ず、悪い方に転がる。日々、不幸の沼に落ちていくような気分。
「もう、どうしようもない」
と思ったとき、ふと耳にした言葉が、自分の中でピカっと光る。
その一言で救われる。あなたにもそんな瞬間があるはずです。
もう随分昔の話です。離婚問題が、泥沼化して苦しんでいた時期がありました。こういう時に限って、仕事もうまくいかない。会社で大きな失敗もしてしまった。毎日が、苦しくて、ソファに3、4時間座ったまま。体も気持ちも動かない時期がありました。
そんなとき、フランス語の翻訳をやっていた先輩からメールがありました。近況を聞かれたので、懐かしさからか、今の気持ちを吐露するメールを書いたのです。恐ろしいほど長文でした。送信したあと「しまった!失礼なことをしてしまった」と後悔しました。
それから、1時間ほど経ったとき、先輩からこんな言葉が届いたのです。
「布団かぶって、寝てしまえ!」
いかにも先輩らしい一言。なんだかほっとしました。このところほとんど寝ていない自分に気づき、パジャマに着替え、布団をかぶって、寝ました。
何週間ぶりの熟睡。朝起きたら、景色に色がついているような気がした。昨日まではモノクロームの中にいましたが、その朝は色があり、朝日が輝いていました。コーヒーの味がした。この瞬間、私はダウンスパイラルから抜け出すことができました。
多分、自分の思いを文章にしたことも大きかったのでしょう。その恥ずかしい泣き言に見事な一言を返してくれた先輩に今でも頭があがりません。
書けるわけではないが、書かなければはじまらない
次は、本の中の言葉です。
初めて本を書くチャンスをいただいたときのこと。8年間に26冊の本を書いた私は、出版関係の方にも「多作の作家」と評されています。しかし、初めて本を書くチャンスをいただいたときは、なかなか書き出せませんでした。書こうとすると、すぐにもう1人の自分が頭の中に現れて「こんなのつまらないよ。誰も読みたいと思わないよ」と囁いてくる。
毎日、パソコンには向かうものの、一字書いては消し、三行書いては消し、結局、書けない時期が1年近く続きました。それでなくても素人なのに、出版社の人がいつまでも待ってくれるわけがありません。
「私に本を書くのは無理だったのか。才能ないもんな」
と厭世気分でいっぱいになっていました。
その時、ふと手にした村上龍の「半島を出よ」という小説。
以前、読んだことのある本を、なぜ手にしたのか自分にもわかりません。ぱっと開いたのは、「あとがき」でした。そこにこんな言葉があったのです。
「書けるわけではないが、書かなければ始まらない」
ハッとしました。
「村上龍のような作家でも、大きなテーマに挑むときはこんな気持ちなんだ。そうだ、書かなければ何一つ、始まらないんだ」
と思った瞬間、吹っ切れた。いつも頭に浮かぶ、もう1人の自分がネガティブなことを囁いてきても「書かなければ始まらないんだ!」と言い返す。
この一言のおかげで、1年書けなかった本を、ひと月半で書き終えました。
それ以降、新しいことをやるときには、
「○○できるわけではないが、○○しなければ始まらない」
という言葉を自分に言い聞かせるようにしています。勇気がでます。逃げ腰ではなくなります。
苦しいときこそ、周囲の言葉に敏感になる
神様が本当にいるかどうか、人によって考えは違うでしょう。
ただ、私は、苦しいときこそ神様は、その答えを自分の周囲にそっと置いてくれているように思っています。それは、誰かの会話の中、本やネットの中、街でみかける看板や周囲の人の声、あらゆるところに潜んでいる。つらいときは、耳をそばだてて、目をこらす。するとピカッと光る言葉を見つけることができる。そんなふうに思っています。
これまでに自分を救ってくれた「あの時、あの言葉」を書き出して、自分はどういうタイミングにどんな言葉で救われたかを考えてみるのも有効でしょう。言葉を発見する癖がついてきます。
言葉は、薬です。即効性がある場合も、漢方のようにじわじわと効いてくるときもある。
苦しくて、つらいときほど、この薬を見つける力があります。一度、服用すると、心が丈夫になる。そんな言葉を、たくさん見つけてください。言葉に敏感になりましょう。
剣幕力(けんまくりょく)を持て
私は不機嫌になることはあっても怒ることは滅多にありません。子どもの頃から怒った経験がなく、いろいろな人から「優しい」と言われます。しかし、「優しい」のと「怒らない」は少し違います。相手のことを考えて優しくしているわけではなく、怒る気持ちがあまり湧かないというのが本当のところです。
怒らないから、舐められます。軽くも見られてきました。相手が怒っているのに怒らないから、
「何、ヘラヘラしてるんだ!」
と言って、さらに相手の怒りに油を注いだ経験もあります。
こんな風に生きてきたので、人を統括するのが苦手。だから、広告会社の部長職に就いたとき、上司からこう言われました。
「ひきた、剣幕力を持て。むやみに怒ることじゃない。『それを言っちゃぁ、おしまいよ』という一線を設けて、そこに足を踏み入れた相手に対しては、厳しい口調で物申せ。剣幕力は、立派なビジネススキルなんだ」
「剣幕力(けんまくりょく)」は、上司の造語です。
自分の中に、ここまでは言いたいように言わせるが、人格のこと、家族のこと、容姿のこと、あまりにも理不尽なこと、意味のないマウントなど、自分の考える一線を踏み越えてきた相手に対しては、厳しくものを申すということ。
ただ優しいだけでなく、
「この人はいつもは優しいけれど、一線を踏み越えると怖い」という思いを相手に植えつけること。
これが自分を守る武器になり、ビジネスを前に進める力になるというのです。
私の部長生活は、この「剣幕力」を身につけるところから始まりました。
剣幕力(けんまくりょく)を身につける3つのコツ
そうはいっても、普段のキャラを変えて、いきなり怒り出したら
「え?○○さん、どうしたの?」
と訝しがられるだけでしょう。いきなり怒りやすいキャラに変わるのは、抵抗もあるし、なかなかできるものではありません。
そこで、相手に言い返すコツを3つ教えます。
1.怒ったときは、言葉遣いをいつも以上に丁寧にする。
怒りの言葉を感情に任せて叫ぶことは危険です。エレガンスとは感情的にならないこと。冷静さを装いながら、相手との距離感をぐんと遠ざける。そのためにわざと丁寧な言葉、ある意味他人行儀な言葉を使うことです。
いつもと同じ口調で語っても相手は、さほど怖く思いません。少し低い声で、ゆっくりした調子で、丁寧な言葉にシフトチェンジする。
これは効きます。急に他人行儀になったあなたを見て、相手は「あ、怒っているのかも」と思うはずです。
怒った時ほど、丁寧語で話す。
これを心がけてください。
2.ゆっくりしたテンポと低いトーンで話す。
キレて、感情的になってはいけません。剣幕力には冷静さが必要です。
そのために、いつもより話すペースを落とすこと。言葉の一つひとつを相手の心の中に置いていく。そして、文章の「。」にあたるところで、しっかり「間」をとります。
「間」には、自分の話を相手に確認させる重要な役割があります。
声の高さも大切です。
大勢の人に明るいトーンで話すときは、ドレミファソラシドの「ラ」を意識して話します。
しかし、剣幕力を発揮するときは、「ミ」の音を意識してください。低く落ち着いたトーンになります。
日頃から自分の声のテンポやトーンを意識しましょう。
3.へり下ったあとに、否定する。
剣幕力は、けんか腰になることでも、マウントをとることでもありません。
むしろ、逆です。自分から先に、腰をかがめるポーズをとることで、強いことが言えるのです。
「おっしゃっている意味がわかりません」といきなり言うと、相手の感情を無駄に逆立ててしまいます。
「私が不勉強なせいでしょうか。おっしゃっている意味がわからないのですが‥」
と先にへりくだる。その後に「おっしゃっている意味がわからない」という相手を否定する言葉を述べます。
「こういう経験は初めてなので、おっしゃっている意味がわからないのですが‥」
「私がうまく聞き取れていないのかとは思いますが、おっしゃっている意味がわからないのですが‥」
などと、一旦、自分を相手より下げる言葉をいれると、波風も立たなくなるでしょう。ぜひ、試してみてください。
なめんなよ!の心意気も大切
私は怒らない性格をこうした工夫で乗り切りながら、上司に好き勝手なことや理不尽な命令をさせないよう努力してきました。
また、これから社会に出て行く学生たちにも「剣幕力」を胸に秘める大切さを教えています。
小心者であっても、強気にでることは必要なのです。
先輩からは、
いつも心に、『なめんなよ!』と相手を睨みつける力も持っていること」
と教わりました。ビジネスをしていく上で大変役に立った言葉だと今でも感謝しています。
この一年も、「誰よりも大切な自分」を守るための言葉のお守りを発信していきます。
どうぞよろしくお願いします。
毎日「むいてない、やめたい」と思う日々
3日、3ヶ月、3年 という言葉があります。
人が、飽きたり、現状を疑ったりする年月です。
3日は、かの「三日坊主」。これは皆さんも経験がありますね。
3ヶ月。これも厳しい時期です。
私が入社した頃、はじめの1ヶ月は、人の名前を覚え、会社のシステムを知り、あちこち連れ回されて、へとへと。2ヶ月目は、会議で意見を求められたり、個人作業が増えてきました。
しかし、全く会社に慣れず、システムが飲み込めず、人と話すのが怖い。まだ、赤ちゃんのような状態にもかかわらず、先輩からこんな言葉が飛んできました。
「そろそろ、慣れてきた?」
心の底では「こんな短い期間に慣れるわけないだろ!」と思っているのに、そうとも言えません。
「ええ、まぁ、なんとか・・・」なんて、生半可な返事をしてお茶を濁す。
発したとたんに、「この会社でやっていけるだろうか」という思いが、押し寄せる。
ふと見ると、同期が先輩と談笑していました。
「あぁ、あいつはすでに溶け込んでいるのに私は・・・」とさらに落ち込む。
その状態が続いて、夏が終わる頃には、「向いてない。やめたい」という言葉が、朝晩、念仏のように頭をよぎるようになってしまいました。
私の新人一年目の胸中です。
「やめたい、向いてない。やめたい、向いてない」と思う気持ち。これに対して、
「好きで選んだ会社じゃないか。やめたらどうなる?ここでやめたら、負け犬だ。家族にどう説明する?
大体、何を理由に辞めるというのだ?」という正義感いっぱいの気持ちも同時に頭をよぎりました。
このふたつの気持ちが、ぶつかり合う日々は憂鬱で、会社に行けずに、途中駅で下車。ベンチに座って動けなくなった日が何度もありました。
小さな成功体験
こんな状態ですから、仕事ができるようになるわけがありません。
言われたことをやるのに精一杯なのに、「え?これだけ?お前は言われたことしかやらないな」と冷たい言葉を浴びせられました。「これで精一杯なんだよ!」と反論したくもなりましたが、言ってどうなるものでもありません。結局、私は3年近く、やめる勇気も、続ける気力もないままに、会社生活を過ごしました。
そんなある日の会議でのこと。相変わらず、テーブルの隅に座っていた私が発言しないのを怒った先輩が、「出ていけ」と言ったのです。
その言葉を聞いた瞬間、グループリーダーが、こう言いました。「ひきたは、いるだけで場がなごむ。会議に笑顔の人がいるのは重要なんだ。まずは、笑っていればいい」
笑顔ではなく、顔のつくりが笑顔に見えるようにできているだけのこと。心は、びくびくしていました。
しかし、ちょっと救いになりました。
「何も発言できないなら、場を和ませる空気だけは出してみよう」
以来、「スマイル」という仕事の力量とは全く関係のないものを、たった一つの武器にして会社に行きました。笑いたくもないのに、笑顔になるのは難しい。それでも口角さえ上げていれば笑顔には見える。そんな努力を仕事そっちのけで続けました。
すると、とある得意先の部長さんが、「ひきたさんが来ると、こっちもご機嫌になるよ」と言ってくれたのです。この小さな成功体験が、自分を変えてくれました。「私の仕事は、目の前にいる人を笑顔にすること」そんなことを思いついた瞬間、「向いてない、やめたい」のお念仏が少しずつ遠のいていきました。
数年後、私は「和解のひきた」というあだ名がつけられ、言い争いの仲裁や得意先を怒らせたときの交渉をするようになっていました。性格で考えれば全く不向き。特にノウハウがあるわけでもない。しかし、とにかく、笑顔、笑顔、口角を上げる。
のちにこの小さな成功のおかげで、私は政治家や企業エグゼクティブと面談し、スピーチを書く仕事をするようになったのですから、人生はわからないものです。
私の場合、「やめたい癖」を止めてくれたのは、「ひきたは、いるだけで場がなごむ」という一言だったのです。
やめたい癖の解消法
「やめたい癖」を解消する方法はいくつかあります。
一番効果的な方法は、「やめたい、やめたい」と思うのをやめて、「なぜ、やめたいのか」を紙に書き出すことです。その際、
- 人間関係の問題
- 残業や会社のシステムの問題
- 与えられているポジションや職種と給与
などと、細分化して書き込んでいきます。書いてみると、結構「やめたい理由」が大したことなく、日々、カチンときているだけのことで、「やめたい」から「やめる」に至るほどのものではないことに気づきます。
また、「やめたい」理由がはっきりすれば、改善の方向が見えてきます。実際に「やめる」決断もしやすくなります。
その上で、あと一つ。私の「笑顔」のようなあなたの強みをつくることです。「時間は必ず守る」「チャットの文章がていねい」「あいさつをちゃんとする」なんでもいい。人間として、あなたが大切だと思うものを磨いてください。
人間組織というものは、仕事の出来不出来よりも、「この人と一緒にいたいな」といった実に不確かなもので出来上がっていたりします。好感をもたれる自分を作る。これが案外、「やめたい癖」を直す近道なんですよ。
とりあえず、笑顔で。
口角を上げていきましょう。
新幹線での仕事をやめた
3年前から大阪の大学に教えに行くようになりました。毎週月曜日と火曜日は大阪のホテルで過ごす二拠点居住をしています。
当初、スーツケースが閉まらなくなるほどの荷物を持ち運んでいました。講義に必要な書類、本、パソコン、衣服など、今から思えば何を持ち歩いていたのかわからぬほど大量でした。移動の新幹線の中では執筆をしていました。ホテルに着いてからも簡素な椅子に座ってパソコンに向かっていました。
これが、よくなかった。少しずつ腰痛が始まりました。半年経った頃には背中の痛みがひどくなり、鍼治療や整形外科に通うようになってしまいました。お医者さんから「電車の中で長時間パソコンに向かうことを控えてください」と忠告されました。普段使わない椅子も体にとってよくないそうです。
「出張で仕事をして、体を壊して病院通いでは余計効率が悪い。よし、出張中に執筆するのをやめよう」
と決意し、パソコンを持ち歩くのをやめました。当然、資料の量もぐんと減りました。重いスーツケースをやめて、リュックに入る分の荷物だけをもって移動する。大阪では、仕事よりも睡眠に時間を使う。
それからひと月ほどで、腰痛は嘘のように消えました。内臓まで悪いのではないかと疑った痛みは、オーバーワークによるものだったのです。
香山リカさんの「無責任なやりすぎ」
もう10年以上前になりますが、雑誌のインタビューのために精神科医の香山リカさんにお会いしたことがありました。「働きすぎ」についてお話しを聞いていた時に、香山さんが昔の話をしてくれました。
それは「無責任なやりすぎ」という話でした。
若かった香山さんたちは、心理療法の一環として患者さんたちにスポーツを奨励していたそうです。卓球を一緒にやりながら、濃密な時間を作ることが目的でした。すごくがんばったそうです。上司からも褒められると当然思っていた。
ところが、上司からは
「ほどほどにしておけよ」
と冷めた言葉しか返ってこなかったので、香山さんは、耳を疑ったとか。
そのとき上司は、
「熱心にやることは誰にでもできる。大事なのはセーブすることだ」
と言ったそうです。これに香山さんは、はっとしたという話でした。私の記憶にも長く残る言葉になりました。
私たちは「熱心にやること」が大事で、それができれば報われるとか達成感を感じられると信じています。しかし「熱心にやる」ってそうは長くは続かないものですよね。
飽きてもくるし、アクシデントもある。周囲が受け入れてくれないこともある。何よりも体が持ちません。
大事なのは、むしろ「セーブすること」なのです。ついつい「ノっているからやってしまおう」と考えたり、「あの人に任せるより私がやった方が早い」と思って手を出してしまう。がんばることはいいことですが、長く続けることを考えたら「ほどほどに」と自分に言い聞かせることも必要です。仕事であれ、なんであれ、腹八分目に抑えることが結局うまくいく秘訣なんですね。
悩んだら、寝ちまえ
もうひとつエピソードを。
離婚して一人の生活が戻ってきた時、誰もいない部屋にいると当然、
気持ちは落ち込んできます。くよくよするばかりでなく、何のために生きているのか
わからなくなる。人生そのものが、バカバカしくなっていました。
そんなことを当時仲良くしていただいていたフランス文学やシャンソンの評論家の永瀧達治さんに、メールで告白しました。「つらくて、つらくて、たまらない」と。
返ってきたのはこの一言
「悩んだら、寝ちまえ」
シノゴノくだらないことが頭に浮かんだら、寝ちまえ。寝られなくても、照明を消して、布団をかぶって、寝ちまえ。
私は、これを実践しました。くよくよし始めたら、布団に入る。眠れなくても、寝る。
しばらくは寝つけなかったけれど、悩む以上に寝ることに集中した。枕も新しくして、布団カバーも変えて、寝ることに集中しました。効果テキメンでした。「悩んだら、寝ちまえ」は、離婚の落ち込みから救ってくれたばかりか、私の人生の薬になっています。
体を休めることは、心を元気にするもっとも有効な手段なのです。
あなた、眠れてる?
広告会社で働いていた時代、自死を防止する対策を練るプロジェクトに参加したことがあります。様々な統計を見たのですが、追い込まれていく過程の多くに共通していたのが睡眠不足でした。それでなくても日本人の睡眠時間は世界に比べて短いのです。ストレスもあって、ゲームやスマホで時間を溶かしている人も多いでしょう。どうも心の調子がよくないと思ったとき、自分に「あなた、眠れてる?」と問いかけてください。なかなか眠れないようでしたら、枕やパジャマを変えてみる。お気に入りの香りや室内環境を整えるなど「寝るための工夫」に力を入れてみてはどうでしょう。
「熱心にやることは誰にでもできる。大事なのはセーブすることだ」
という言葉を胸に、ほどほどに、ほどほどに、を心がけてほしいものです。
夜が一番長い時期に向かっています。
今晩も良い睡眠を!
言葉と文化は、ワンセット
世界には、およそ7000もの言語があるそうです。
人類がより発達していくためには、ひとつの言語の方が便利なのに。過去に多くの人がこう考えて、異なる民族でも理解できる人工言語が考案されてきました。しかし、今のところ成功例はないようです。それどころか、同じ言語が、地域が変わると多様に変化してしまう。
たとえば、元は英語なのに、使われる地域によってどんどん変わって、地域固有の言葉になってしまいます。なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。
その理由のひとつに、言葉はその地域の文化と密接につながっていることが挙げられます。
天気の厳しさも、好んで食べるものも違います。人間同士の関係も民族、地域によってバラバラです。だから同じ英語でも使われる場所、使う人によって変化してしまうのです。
この現象は、私たちの生活にもあてはまります。
同じ日本語を話している。言葉の意味はわかるけれど、どういうニュアンス、感情で言っているのかイマイチわからない。あなたも、そんなことで悩んだ経験があるのではないでしょうか。
企業文化と言葉
長く派遣社員をされている友人がいます。彼女の話では、会社によって独特な社風があるそうです。
体育会系のノリの会社もあれば、座禅の道場のように静かなところもある。上位下達、上の人の命令にひたすら従う部下という構図もあれば、誰が上司で、どこから命令がでているのかわからない会社もある。その社風によって、言葉のきつさ、温かさ、会話の数、人と人との距離感が全部違う。若い頃は、会社を変えるたびにとまどっていたそうです。
これは私も感じます。
37年も同じ広告会社で働いていたもので、どこの会社も似たような雰囲気なんだろうと思い込んでいました。会社を辞めて、色々な会社の中に入ってみると、恐ろしいほど違う。生まれ育った町から、遠く離れた地方に転校するようなアウェイ感を感じました。企業風土によって、コミュニケーションの方法も使う言葉もまるで違いました。
新しい会社で働く。それは似たような業種であっても、見も知らない土地に転校していくようなものです。
人は変えられない。自分は変われる
私の友人は、東京から関西に転勤になり、みんなが平気で「アホか、おまえ!」と言うのに腹を立てていました。「人を馬鹿よばわりしやがって」と怒っているのですが、関西文化圏における「アホ」は、関東圏の「バカ」とは全くニュアンスが違います。
ここで、
「人のことをアホというのはやめてください。侮辱されたような気分になります」
と叫んでも、何も変わらないでしょう。この地域には独特の文化がある。「アホ」には侮蔑的な意味だけでなく「かわいい奴」みたいなニュアンスもある。文化とワンセットになった言葉を変えようとするのは至難の業。これに腹を立てていたら、体がいくつあっても足りません。
学ばなくてはいけないこと。それは、言葉と文化はワンセットなものだということ。その文化圏の外からきた人間が、その言葉を変えようとしても、変わらないことです。
では、どうすればいいでしょうか。
自分が変わること。これに尽きます。
人は変えられない。変えられるのは自分です。
いちいち気にしない。無理して染まらない
変えられるのは自分といっても、無理して合わせたり、染まろうとしたりする必要は全くありません。関東の人間が、下手なアクセントで関西弁を話せば、余計に嫌われるでしょう。
「私は、この社風で育っていない」とはっきり自覚すること。無理に合わせてもストレスがたまるだけです。和して同ぜず、理解はするけれども、安易に同調することはしない。
その会社独特の文化をいちいち気にしないで、飄々としている。精神衛生上、これが一番いいのではないでしょうか。
ビジネスの世界に長く身をおいている私にとって、「人を変えることはできない」という言葉は、自分の身を守るお守りになっています。
人の話を聞かない上司にどうしたら聞いてもらえるだろう。
何を言っても覇気のない部下のモチベーションをどうやったら上げられるだろう。
と考えても、無駄なこと。上司も部下も、あなたとは違う世界で育ち、文化を身につけてそこにいるのです。あなたにできるのは、「話を聞かない上司」「覇気のない部下」を変えることではない。
こうした態度にいちいち腹を立てず、飄々と、淡々と、ある意味、機械的に仕事をこなし、報告し、自分の意見を述べるまでです。変わらない相手のことで悩み、人生の大切な時間を無駄にするほどもったいないことはないでしょう。
人は変えられない。だから、飄々とした自分に変えていく。
割り切ると、案外うまくいくものです。
人のことで、悩みすぎないためにも。
目の前の情景は、自分の心と同じ
私が勤めていた時代の広告会社は、今なら「ブラック企業」といわれたでしょう。
「休む」という習慣が、会社にも社員にも欠けていました。もっともこれは、当時の日本企業ならどこでも同じような感じで、「24時間、戦えますか?」というCMのフレーズが大流行していたほどです。
家に帰るのは、いつも深夜を過ぎていました。一人暮らしだった私の部屋は荒れるばかり。洗濯物は物干しに何日も干しっぱなし、流しにはいつも洗っていない食器がありました。こんな状態ですから、家に帰っても落ち着かない。お風呂に浸かるのも面倒でいつもシャワーで済ませていたので、疲れが癒えませんでした。食生活の乱れやストレスが原因で1年間に7㎏も太ってしまったこともありました。
そんな折に読んだ本の中に、
「今、目の前に広がる情景は、あなたの心を映したもの」
という一文がありました。本から目を放して、部屋を見ると、確かに、それは私の心のようでした。やりかけのものがとっちらかり、やらなければいけないことが手つかずになっていました。
「これは、まずい」と思い、やっととれた休みの日、1日かけて部屋を掃除しました。ピカピカに磨いたバスタブに入れたお湯。太陽の匂いのするシーツ。そんなものに囲まれていると、心の景色まで美しくなったように思えました。
半径5メートルの人間関係が、あなたのすべて
この本には、「家族や会社の仲間など、あなたをとりまく人間関係は様々でしょう。しかし、今立っている場所から半径5メートルの人との関わりが、あなたの人間関係のすべてを表しているのです」と言うようなことが書いてありました。
私は、当時勤めていた会社の席から半径5メートル以内にいる人を思い浮かべてみました。大嫌いな上司が円の中にいました。ソリの合わない同僚もいました。サボり仲間もいました。ほとんど口を利かない人もいました。
これは、ただのオフィスの情景ではありません。私がここまで生きてきた人間関係のすべてが、この半径5メートルの中に描かれています。よく見ると、怯えたり、生理的嫌悪を感じたり、逃げたり、サボる口実を与えてくれるような人ばかり。その多くは、私が人間関係を構築するのを面倒がったり、避けたりしたからなのです。なるほど、この情景の延長線上で、私は人と関わっているのか。そう思うと、自分のいい加減さが炙り出されたような気になりました。
汚れた部屋同様に、こちらもキチンと整理整頓する必要がある。私は、とても面倒で、時には自尊心を傷つけられながら、半径5メートルの人間関係の向上に努めたのです。挨拶をし、積極的に相談する。出張の時には、ささやかなお土産を買ってくるようになったのです。
「ひきたさんって、気配りの人ですよね」
と、無口な人に言われたのは、半年以上経った頃でしょうか。とても嬉しかった。気がつけば、嫌だった上司を毛嫌いするほどではなくなりました。「この人の家族は、苦労されているんだろうなぁ」なんて、憐れむ感情が生まれるようになったのです。
「今、ここ」を向上する
ネガティブな感情を抑えるとか、人間関係を向上させるとか、自分を前向きにしようとする努力は、案外シンプルなものです。仏教の世界でよく言われる
「今、ここ」
過去でも未来でもない、今、この瞬間の自分にこだわる。「今、ここ」に見える情景を少しでもよくしようと考えて、部屋を掃除し、整理整頓する。生理的に合わない人にも挨拶と会釈を欠かさない。こうした「今、ここ」を繰り返す。「今、ここ」を掃除し、整理整頓する癖がついてくる。すると、不思議なくらい気持ちが落ち着いてくるものです。
今、ここで、立つ
では、どうすれば「今、ここ」で、掃除をしたり会釈ができるようになるのでしょう。
これは、芸能プロダクションを経営する女性社長から聞いた話。
「お尻を地面につけないようにしています」
つまり、座らない。立っている。座っていても、すぐに立つように努力する。
「今、ここ」の情景が乱れ、汚れるのは、どっかりと座ったとたん、お尻に根が生えて、動くのが面倒臭くなってしまうから。座ってスマホを眺めていたら、1時間くらい、あっという間に過ぎてしまったなんてこと、よくありますよね。これを避けるためにも、「今、ここで、立つ」と念じる。動ける自分にしておくことが大切なんですね。
過去を悔やむでもなく、未来を不安がるでもない。
「今、ここ」という時間と場所の情景を、つねに整理しておく。そのために、立ち上がるくせをつける。
「今、ここで、立つ」という言葉が、日々すっきりと生きていくお守りになってくれるはずです。
さぁ、立ち上がりましょう。
自分の産土神社を知っていますか
あなたは、自分の産土(うぶすな)神社を知っていますか。
諸説あるので、私の考えを書きます。
産土神社とは、あなたが生まれてお宮参りに行き、初めて神様とお会いした神社のこと。その神様があなたを生涯守ってくれる。苦しいことがあったとき、ほかの神様と繋いでくれる窓口のような役割もしてくれるとされています。つまり、あなただけの特別な神社です。
私の産土神社は、兵庫県西宮市にある西宮神社。「えべっさん」で有名なところです。
受験のときも、就職のときも、がんで闘病したときも、必ずこの神社に参拝していました。東京から行くのは大変ですが、節目には必ず参拝し、いろいろ報告するようにしています。
あかちゃんの時から見守ってくれている神様がいる。迷信かもしれませんが、こう思うだけで心が落ち着きます。「神様がついている。絶対に乗り切れる!」と自信も湧いてきます。10代の頃から続けているので、ここに行くと自然にスイッチが入ります。
人には、こうしたパワースポットが必要だと信じています。
意識的にパワースポットをつくる
私には、他にもパワースポットがいくつかあります。
大学時代に自分の進路を決めたキャンパスのベンチ、気分が晴れないときに自転車で走る多摩川の土手、仕事を始めた頃に通いつめていた神保町の喫茶店・・・
そこに行けば、自分は変われる。強くなれる。そんな場所を意識的に作って、定期的に通うようにしています。
ルーティンに組み入れると、「3日後にあの場所に行けるから、そこまで頑張ろう」と思えたり、「あの場所にいけば必ずアイデアがでる」などと考えられるようになります。たとえ、いいことがひとつも起きなくても、そこを訪れることによって充足感で満たされます。長年続けていますが、悪いことはありません。
何よりも、「ここは私のパワースポットになる」とポジティブになれる場所を増やしていくことは、愉快なことです。旅に出たときも、楽しめた場所があれば、積極的に「このパワースポットにまた来よう」と考えます。次に訪れたときの喜びはひとしおです。新幹線では、座席のラッキーナンバーも決めています。その席に着けば疲れることなく旅ができると暗示をかけています。
会社員だった頃も、社内に「パワースポット」をいくつか持っていました。そのひとつが、トイレです。「7階の一番奥のトイレは、私のパワースポット」と決めておく。嫌なことがあっても、そこにしゃがみ、トイレの水を流すと嫌なことも流れていく。そんな場所を作っていました。
人間の心は、環境に影響されます。一度、嫌なことがあった場所は、心の奥底に刻まれてしまいます。私は小学校6年の冬に、学校の校門前で交通事故に遭いました。
40年後にそこを訪れたとき、一瞬にしてクルマが体にあたって、飛ばされたときに見た景色が戻って驚きました。人生のマイナスポイントとして心が覚えているのでしょう。こういう場所には近づかないことです。
その代わり、少しでも心がときめいた場所を「ここは、私のパワースポット」と言い切ってしまえばいい。それだけで、ワクワクする場所になるのです。
パワースポット・パワーパーソン・パワーフード
私は自分の力で、落ち込んだり萎えてしまった自分を救うことはできないと考えています。一人で部屋にこもって考えていれば、必ずダウンスパイラルに入り込み、負のループをぐるぐる回るだけになってしまいます。
そこで大切なのは、パワースポットに加えて、パワーパーソンとパワーフードです。
この人に会えば、元気がでる。この料理を食べれば、息を吹き返す。というものを持つのです。
新しいことにチャレンジしたり、映画や動画コンテンツを見て気を紛らしたりするのもいいでしょう。しかし、落ち込んでいるときに新しいことに取り組むのは、無理がある。映画や動画は、一時的な効果しかありません。だから、何度落ち込んでも、あなたを再生する場所や、人、食事を決めておくことを勧めします。
私は母の実家が「お汁粉屋」でしたので、子どもの頃から「あんみつ」をよく食べていました。だから、「あんみつ」がパワーフード。ここぞ!というときに甘味処に飛び込んで、「あんみつ」を食べています。
パワーパーソンは、大学も会社生活も共に過ごした友人。彼とバカ話をすると心が晴れます。意識的に「これが好き!」というものを増やすことで、生活を整え、人生の矢印を上向きに変えることができるのです。
パワーフード、パワーパーソン、パワーフード。
これをどんどん増やして行きましょう。
いつの間にか、あなたの周りは、好きなもので溢れるはずです。
産土の神様が、あなたに微笑みかけてくれますよ。
全員、校庭にでましょう
最近、空を見上げたことありますか。
上を向くだけでもなく、天気模様を確かめるのでもなく、空を景色として眺める。
公園のベンチに座って少なくとも1分、ただ空だけを見つめる。
そんな経験最近していますか?
これは私が小学校4年生のときの話です。
クラスの女の子がイジメにあっていました。近づくと「ばい菌がうつる!」と言って、掃除のときに誰も彼女の机に触らなかったのです。彼女を守る人はいませんでした。擁護すると同じようにいじめられることを恐れていました。悲しいかな私もその一人でした。家が近かったのでイジメる気にはなれなかったのですが、彼女の側に立つこともできずにいました。今から思えば実に卑怯な人間です。
ある時、イジメがエスカレートして、彼女が怪我をしてしまいました。保健室で処置できるほどでしたが、顔にガーゼをあてた姿は痛々しく正視できませんでした。
担任の先生は大学を出て赴任したばかりの女性でした。子どもたちには大人気。いつもは快活な先生が、この日の学級会は押し黙って生徒の話を聴いていました。
「原因は何か」「誰が首謀者なのか」「どうしてイジメが起きるのか」
こんなことが討議されたのですが、みんな「私は悪くない」「イジメていない」
というばかり。よくよく考えれば、誰も彼女を憎んでいるわけではない。ただ、
自分がイジメられるのが怖くて彼女の味方をしなかった。そんな空気に支配されていたのです。
先生は、この議論をじっと聴いていました。怒るでもなく、険しい顔をするでもなく、半分考えごとをするように黙っていました。
みんなの言い逃れや責任逃れが出尽くして、少し静かになった。その時、先生が
こう言ったのです。
「全員、校庭に出ましょう」
え?なんで外にでるの?
何一つ説明のないまま、クラス全員が上履きを履き替えて校庭に出ました。
先生は生徒の真ん中に立って、
「みんな、空を見上げなさい。先生がいいと言うまで、空を見なさい」
いつになく低いトーンで、語った先生。私たちは全員、上を向いて空を
眺めました。
「なんでこんなことするのだろう」
とはじめは思っていました。首も痛くなってきました。しかし、しばらくすると、自分が言い逃れをしたこと、嫌われまいとして彼女を守ろうとしなかったことなどが、雲の動きのように、心に流れてきました。そんな小さな保身、身勝手、卑怯な気持ちが、空に吸い込まれるような気分になってきたのです。
周囲から、シクシク泣く声がしました。私もなんだか、泣きたい気持ちになりました。
しばらくすると、先生が言いました。
「誰が悪いということを、先生は追求しません。でも、これだけは忘れないでほしい。
誰かをイジメたり、傷つけたりしたくなったときは、空を見なさい。そして、今日ここで感じたことを思い出してほしいんです」
その声は、空に吸い込まれていくような、心に染み込むような不思議な響きがありました。
その後、驚くことに、クラスからイジメがなくなりました。空を見上げたことでクラスの空気が変わったのです。同調圧力が消えたのです。掃除のとき、女の子の机を誰一人、文句を言わず運ぶようになりました。
この授業は、これまで受けてきた中でも最高のものでした。自分の心を空に映し出し、浄化する方法を教えてもらったように考えています。
私は、今でも、何かあるたびに空を眺めます。
雲の流れを追いかけているだけで、ちっぽけな自分のわだかまりや悩みも消えていくような気がするのです。
空の効果を味わおう
空が青いのは、人の心を落ち着かせるためだという説があります。
実際「青色」には、心を沈め興奮を抑える効果があります。
また、空を見上げるだけでなく、外に出て太陽を浴びると、「セロトニン」というハッピーホルモンの分泌がさかんになります。
スマホやパソコンばかりを眺めている今は、空を見上げるポーズが血行を促進することにもなります。
一番気に入った空の写真をスマホの壁紙にする。それを繰り返すうちに空を眺める
習慣がついてくる。短いけれど確実に息抜きの方法になります。
この授業を受けたのは、もう50年近く前のことですが、私は今でも昨日のことの
ように思い出します。
誰かを憎もうとしたとき、恨んだとき、嫉妬心で胸がいっぱいになったとき、空を見上げる。
失敗したとき、迷ったとき、不安で押しつぶされそうになったとき、できるだけ広い場所に出て、大きな空を流れる雲に心を委ねる。
こんな小さな習慣が、あなたをとりまく空気を変えてくれるはず。
空で、心を整える。
ぜひ、試してみてください。
大学時代に知った「あたらしいぞわたしは」
前回、「平気平気!」などの短い言葉を繰り返す効能についてお話をしました。
今回は、一日の中で、どんな短い言葉を繰り返せば、自分が変わっていけるか。
その呪文についてお話しします。
苦しい浪人生活を経て大学生になったとき、私の中で喜びと不満が入り混じっていました。大学生になれたのは、嬉しい。でも、望んでいた学部ではありませんでした。
「好きでもない勉強をやる気になれない」
「なんとか学部を転部できないか」
喜びの中に、そんな気持ちが渦巻いていました。
そんな時、本屋さんで一冊の詩集が目に飛び込んできました。
「あたらしいぞわたしは」
全部ひらがな。「あたらしいぞ、わたしは」と読点で区切ることのない一文は、何かの呪文のように見えました。
「あたらしいぞわたしは。あたらしいぞわたしは」と口の中で何度かこの言葉を繰り返してみる。体に染み渡っていくような不思議な感覚にとらわれました。
「そうだよな。僕は今、大学生になって、新しくなったんだ。
浪人生の気分でいる必要はない。もう、新しい自分なんだ。
あたらしいぞわたしは。あたらしいぞわたしは」
この詩集との出合いで、私は自分を新しいステージに乗せることができました。
この言葉は、私の人生の転機を支えてくれました。
離婚したときも、がんを患って再起をはかるときも、
「あたらしいぞわたしは」
という言葉によって、過去と決別することができました。
今ではこれを、朝起きてすぐに呟くようにしています。
【今日は、昨日の続きではない】
昨晩、どんな手痛い目にあっても、宿痾(しゅくあ)のような深い悩みを抱えていても、朝日が上り(のぼり)、あたりが明るくなるときに、私は、新しく生まれ変わる。昨日の続きではなく、真っ白なページから自分の歴史を刻むことができる。
朝に、「あたらしいぞわたしは」と呟く。鏡を見て、ひどい寝ぼけた顔の自分に慄いても、「あたらしいぞわたしは」と言って聞かせる。
朝は、わざと「あたらしい」「あたらしい」と思い、考え、声に出す。
着替えるときも、「あたしいぞわたしは」と気合をこめる。
そんな心がけで、気分が随分変わるものです。
夜の呪文は、「ありがとうわたし」
夜はどうするか。
今日一日、がんばってくれた自分に感謝をします。
「ありがとうわたし」
と自分に声をかける。ご飯を食べるときも、お風呂に入るときも、ゆっくりとした時間を過ごすとき、ベッドに潜り込むとき、
ありがとう。
よくがんばったよ。
えらいよ。
と自分で自分を労います。
明石家さんまさんが、
「生きてるだけで、丸もうけ」
と言ってますが、本当にそう。これだけ不安で、ストレスが多く、人間関係もままならない世界の中で、何事もなく夜を迎えられた自分。これは、自分が思う以上に、がんばってくれているのです。
そんな風に生きてくれている自分に対して
「私はダメだ。自信がない。何事もうまくいかない」
なんて言ったら、あまりにかわいそうです。自分の腕をさすり、ひざをさすり、顔を撫でながら、
「ありがとうわたし」
と何度も声をかける。夜は、自分への感謝の時間なのです。
自分に声をかける習慣を
朝に「あたらしいぞわたしは」
夜に「ありがとうわたし」
この短い言葉を、自分にかけることによって、「一日」という単位で、しっかりと生きていくことができるようになります。
ともすれば、今日は昨日の延長戦、明日(あした)も今日と代わり映えがしないと私たちは考えがちです。
この考えのままでいると、時間が経つのがとても早い。一年なんて、あっという間にすぎてしまいます。
朝に自分を新発売させ、夜に自分に感謝の声をかけながらメンテナンスする。
この繰り返しが、粒だった毎日を作るのではないでしょうか。
自分は、自分の子どもです
人間は、思ったり考えたりしたことで、行動を決める動物です。
言うなれば、思いや考えが「親」であり、それに従って行動する自分は幼い日の自分のようなもの。誰もが「行動する自分」という子どもを抱えて生きています。
だから親は、「行動する自分」に対し、「心配しないで、あなたは昨日とは全く違うのよ」「生まれ変わったのよ」と激励し、夜には抱きしめるような気持ちで自分に感謝する。
こんな風にして自分を育てていくものだと私は考えます。
自分を慈しみましょう。大切にしましょう。
毎日新しく生まれ変わってくれる自分に、感謝しましょう。
平気、平気を体に充満させる
2016年5月に、私は腎臓がんの手術をしました。幸い早期に発見されたため、手術で治すことができました。しかし、内視鏡ではなく、開腹手術となったため、手術後に激しい痛みと闘うことになりました。
痛くて、痛くて、歩くことなど到底無理。こちらはそう思っていても、看護師さんは私を歩かせようとします。その方が回復が早いからです。痛がりで弱虫な私は、「痛い、痛い」と声を漏らしながら、看護師さんに支えられトボトボ歩き出しました。
「痛い、痛い・・・」
「平気、平気!」
え?平気?
この看護師さん、「大丈夫ですよ」でも「がんばって」でもなく、「平気」という言葉を使って私を励ましてくれるのです。「平気、平気。どこかで聞いたことがあるな」と考えたら、パッと閃きました。歌人 正岡子規の言葉です。
「悟りとは、如何なる場合にも平気で生きている事である」
正岡子規は、肺結核から脊椎カリエスを患い、毎日、激しい痛みに耐えていました。天井から縄を吊るし、それにしがみつき耐えながら叫んでいた言葉が、「平気、平気、平気・・・」という言葉だったのです。
私は、看護師さんの言葉から、このエピソードを思い出しました。
そこから、「痛い、痛い」というかわりに、看護師さんの声に合わせて「平気、平気」と口にだす。「平気、平気」という言葉を体に充満させる思いで、歩き出すと不思議に力がでました。
無理だと思ったゴールに到達することができた。このとき「言葉ってすごい力があるんだな」と実感しました。
短い言葉を繰り返す
この時のエピソードを、当時連載していた「朝日小学生新聞」のコラムに書いたところ、大反響。中学受験を控えている子、いじめにあって学校に行けない子たちから、新聞社に手紙が届きました。
「苦しくなったら、何も考えずに、平気、平気、とずーっと言ってたら、心配ごとが消えました」
「私は、平気、平気の代わりに、元気、元気と言って自分を元気にしています」
保護者の方からは、実業家の斉藤一人さんが「強気、強気」と繰り返すことを勧めているとも教えてもらいました。いずれにせよ、苦しいこと、不安なことが頭に浮かんだら、ダウンスパイラルに陥る前に、「平気」「元気」「強気」などの短い言葉を何度も繰り返す。できれば声に出して、自分の細胞のひとつひとつに「平気」「元気」「強気」といった言葉が入りこむ勢いで、言葉を体に充満させる。単純な話ですが、私が闘病の中で学んだ「言葉の力」でした。
声に出す。ノートに書く。
大切なことは、声に出すことです。口から音声として発せられてはじめて「思い」は「言葉」になるのです。あるいはノートに文字を書く。「思い」を「文字」にすることで「言葉」になる。これが、「言霊」と言われるものなんですね。頭の中にあるだけでは、言葉に魂は宿らないのです。
声に出す。ノートに書く。
この声を、この文字を最初に聞き、見ることができるのは、自分です。
「あ、私ってこんなことを考えているんだ」
と、自分の声や文字を見て、極めて客観的に自分を観察することができる。
これが自分を見つめるということです。膝を抱えて思いあぐねているだけでは、決して状況を打開することはできません。
少し話が脱線しますが、神社でお願いごとをするときも、唇が少し動く程度でいいので声にしろと言われます。頭で漫然と思っているよりも、自分の願いが明確になる。
思いを「言語化」することで、「あぁ、私は今、こういうことをやりたいと思っているんだな」と体に刻み込むことができるのです。
大切なのは、アウトプットすること。実践してみてください。
自分が選択する言葉を信じよう
私は、「おみくじ」を引いたときに、「大吉」だ、「末吉」だということに全くこだわりません。パッと見て、目に一番初めに飛び込んできた「言葉」が、今の自分に一番必要なものだと考えます。おみくじを開いたとたん「待て」という言葉が見えた。それは、自分の脳が最初に反応した言葉。潜在意識の中で、気になっているからこそ、「待て」に目がいったのでしょう。
テレビやネットを見ている時、パッと気になる言葉がでてくる。そのひらめきを大切にしています。こららも、今の自分がどこかで考えていること。悩みや不安の解決策として模索していた言葉である可能性が高いのです。
ふと耳に入る言葉、目にする言葉を大切にする。その言葉を今の自分は求めているのだと信じてみる。こうした訓練を続けるうちに、言葉の感覚が鋭くなります。自分に必要な言葉を選べるようになるはずです。
言葉は、薬です。時に毒にもなります。「痛い、痛い」「ダメだ、ダメだ」「つらい、つらい」ではなく、「平気、平気」「元気、元気」「強気、強気」という言葉の力が体中に響き渡るようなクセをつけていきましょう。
言葉の力で、自分をよい方向に変えていきましょう。
素っ裸で銀座通りを歩けるか
今から8年前、私の初めての本「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)が出版されました。まだ、会社員の頃。仲良くしていただいていたDr.コパ先生が、食事のときにこう言ったのです。
「ひきちゃんは、出世はしないだろう。上に、上にいくタイプじゃない。でも、横へ横へは行ける。本を書きなさい。上をめざすことをやめ、広く自分の考えを伝える道にいった方がいい」
急に真面目な顔をして、いつもより強い調子で言われたので、驚きました。確かに子どもの頃から本は書きたいと思っていました。作家は、憧れの職業でした。しかし、当時は会社員です。毎日の仕事だけで、精一杯でした。
「書きたいけど、今は無理です。忙しくて、いつか書いてみたいですけど」
と歯切れの悪い返事をしました。しかし、コパ先生は、全く聞こうとしませんでした。
「編集者を紹介してあげます。とにかく、何としてでも、来年には出版しなさい」
その勢いに押され、私は編集者に会うことにしました。
幸いなことに編集者に読んでもらう文章はありました。当時、Facebookに年間1,000本近いコラムを毎年書いていたのです。編集者はこれを読み、
「ひきたさん。覚悟はできていますか。本を書くということは、何もかも曝け出すことです。都合の悪いところを隠していたら、本は書けない。素っ裸で銀座通りを歩くくらいの気持ちがないと書けません」
こう言われて、躊躇する自分がいました。覚悟が足りなかった。結局、翌年になっても執筆が進みませんでした。コパ先生に、「忙しくて・・・」と言い訳をすると、ビールの入ったコップをテーブルに起き、一言。
「ひきちゃんって、案外、怠け者だったんだぁ」
この言葉は、きつかった。縁を切られるかと思いました。ここに及んで、やっと腹が座り、私は遮二無二に書き出したのです。
その結果、予定より半年近く遅れて、本を出すことができました。
髪を切れ、メガネを変えろ
その報告にコパ先生に会いに行きました。お礼の言葉を述べました。しかし、「よかったね」も「がんばったね」もありません。上から下まで、二度三度、見回して、こう言ったのです。
「髪を切りなさい。私くらい短く。それに、メガネがよくない。その冷たい銀行員のようなメガネをやめて、丸メガネにしなさい」
と、今度も厳しい口調で言うのです。
私は、軽く受け流し、「はい、はい。わかりました」と言ったのですが、コパ先生は真剣でした。
「髪の毛の先には厄が溜まる。長いとそれがわからない。いつも短くしなさい。それに、今のメガネは、偉そうに見える。上から目線で発言しているように映る。誰からも親しまれる丸メガネにしなさい」
と言う。再び「わかりました」と答えると、コパ先生は、
「全然わかってない!今から、私の髪を切ってくれている人を呼ぶから、ここで切りなさい!」
と太い声。これに驚き、私は翌朝、長かった髪を短く切って、銀座で丸メガネをつくりました。
笑顔しか、撮られてはいけない
髪を切り、できたての丸メガネをかけて、再びコパ先生の元へ。
「うん、この方がいい」
とご満悦です。私もほっとしました。しかし、これで終わりではありませんでした。
「ひきちゃん。本を書くと、顔を世間に晒すようになる。いいかい、ここからが大切だ。
いつも笑顔でいなさい。
誰かにスマホを向けられて写真を撮られたとしても、ブスっとした顔や怖い顔は絶対に撮らせない。笑顔以外の印象を絶対に残さない。そのくらいの覚悟でいるように」
編集者の「裸で銀座の街を歩く覚悟」に続いて、また覚悟です。「笑顔以外の印象を絶対に人に与えない」・・・
私は少し不平を言いました。
「そりゃ無理ですよ。怒っているときも、気分の悪いときもあります。笑顔と言ってもそんなの作り笑顔でしょう。バレますよ、本心で笑ってないって!」
すると、コパ先生は、
「じゃ、アイドルはなぜいつも笑っているんだ?あの人たちに、つらいことはないのか?違う、彼らは、『人にこう見てほしい』という気持ちがあるんだよ。外面(そとづら)じゃない。
自分をプロデュースしているんだ」
自分をプロデュース。
会社員の私には、ほとんどない概念でした。辛いときは辛い顔。だるいときにはだるい仕草。感情のまま、何一つ自分をコントロールしないで生きてきたのです。
コパ先生の教えは、深かった。それは本を売るとか、人気者になるとかをはるかに超えて、
「なりたい自分を自分で作る」ことの大切さを教えてくれたのでした。
以来、私は、笑顔を心がけました。人と会ったとき、まず笑顔。話し終えたら、すぐ笑顔。別れるときも笑顔。イライラしても、不安なときも、とにかく口角だけは上げています。
そうこうしているうちに、子ども向けの新聞社から「コラムを書かないか」という依頼がきました。子どもたちから「やさしい」「笑顔が好き」と言われるようになったのです。自分自身が一番当惑しました。
「いやいや、私はそんなに優しくも、いつも笑顔でもないんだよ!」
と心で言いつつも、顔は笑顔。
「そうか、これが自己プロデュースというものなのか」
とわかったとき、ネット上にでてくる私の写真は、笑顔ばかりになっていました。
自分は、変われる
私は、コパ先生の力を借りて、自分を変えることができました。本当にありがたいことです。
運命まで、変えてもらったように思っています。
このコラムを読まれたあなたも、
「なりたい自分」を自分で作ってみませんか。
まずは、ヘアスタイルを変えてみる。いつもと違う服を着てみる。そしてスマホの写真は、笑顔以外は残さない覚悟で過ごして見る。
こんな少しのチャレンジで変われます。間違いなく新しい自分になれます。
季節は春。そろそろ、新しいあなたの準備をしましょう。
新しいぞ、あなたは!
いいひとが急増したわけ
長く大学で教えていると、大学生の変化に気づかされます。
5年ほど前は、講義のあとに感想や質問を書くリアクションペーパーに講義内容に対する批判や納得いかない点を書いてくる学生がいました。
しかし、今はどこの大学で教えても、批判めいた文章は一切ありません。
ほぼ100%、「面白い授業でした」「目の前が開けた気分です」「考え方が変わりました」と絶賛の言葉を書いてくれます。
学生と話しても、地域や性別に関わらず、みんな「いい子」。昔のような一見してわかる「不良っぽい子」はいません。引っ込み思案の子は多いけれど話してみると、とても「いい子」です。
人から褒められて嫌な気はしません。しかし、褒められすぎると不安になります。
そんな時に評論家 岡田斗司夫さんの「いいひと戦略」(マガジンハウス)を読みました。
今から10年ほど前に書かれたものですが、今の時代をピタリと当てていました。
ネット社会では、「いいひとだよ」という評判が最高の個人戦略。
この本を読みながら、私の頭には数々の大学生、巣立っていった若い子たちの顔が浮かびました。みんな、「いい子」でした。しかし、そこには悪評や悪い噂を流されて、ハブられたり、シカトされたりするのを避ける彼らなりの潜在的な戦略があったのでしょう。
正義に疲れた
「いいひと」が増えれば、安穏に暮らせるか、といえば、そんなことはありません。
「いいひと」であるためには、世の中の不正や社会的に悪とされるものに対して
「正義」の立場をとらなくてはなりません。
ある小学校に行った時、子どもたちが、ストローを使わずに紙パックから直接牛乳を飲んでいるのを不思議に思ったら、「プラスチックストローは、SDGs的に問題だから」と生徒に教えられました。確かにその通りですが、みんなが「ストローは悪!」のような言い方をするのには驚きました。
ここ数年、ネットを騒がす政界や芸能界の問題も根は同じでしょう。
「それは社会的に許せない」という正義と「すべて言いがかり」「これまでの実績を考えろ」「売名行為だ」という正義がぶつかり合う。
どちらも自分を「正義」と思っているので、躍起になって自らの正当性を訴える。「いいひと」が増えた背後で、その「いい人」を証明するための「どちらが正義か戦争」が勃発する。
残念ながら、ネットは意見の集まるところにお金が落ちるシステムなので、過激な発言で集客しようとする輩もでてくる。「正義」のぶつかり合いが、いつの間にか「相手を叩き潰すこと」を「いいひと」同士でやっているという事態に堕ちています。
いいひと戦略から凡夫(ぼんぷ)戦略へ
コロナ禍の頃から、飛躍的にネットを見る機会が増えた私も、「正義の争い」に巻き込まれていました。自分と同じポジションをとる人を応援し、反対派を嫌悪する。しかし、どんどんエスカレートし、明らかな「ネット・リンチ」状態になっていくのを何度か経験し、心が薄汚れて重くなっていくのを感じていました。
こんなときに出会った言葉が、浄土真宗の開祖 親鸞聖人が語った「凡夫(ぼんぷ)」
という言葉です。「凡夫」とは、煩悩に迷わされているという意味です
「私たちは、誰もが凡夫。おろかものなのだ。おろかなものが、おろかなものを批判することなどできない」
私は、親鸞聖人の言葉を読んで、こんな風に解釈しました。
そう、私もこれを読んでくださるあなたも、「凡夫」なのです。完璧な正義を振りかざす力もなければ、反対意見の人を批判するだけのロジックをもつことなどできない。
こう考えると、とたんに「いいひと」戦略が色褪せます。そんなことよりも、誰もが「自分は凡夫(=おろか)」と思っている方が、マウントを取ろうとか、揚げ足をとってやろうなんて気分にならない。安らかに暮らせるように思えるのです。
聖徳太子も「憲法十七条」の10条で、こんなことを言っています。
「心の中で、恨まないこと。目に角を立てて怒らぬこと。他の人が自分に逆らっても、
穏やかに。人にはそれぞれ思いがある。「自分は正しい」と考える執着もある。他の人の「正しい」が自分には「間違い」と考え、自分の「正しい」を他の人は「間違い」と考える。しかし、自分は必ずしも聖者ではなく、他人が必ずしも愚かものではない。どちらも凡夫なのだ」
聖徳太子は、誰もが凡夫だと思うところから、「和をもって尊し」の精神がでるのだと
言っています。今の時代にこそ、必要な言葉ではないでしょうか。
正義中毒から抜け出そう
凡夫な私は、「どちらが正しいとも言えない」と考えて、正義中毒から抜け出す。
周囲の目ばかり気にして、「いいひと」の仮面をかぶり続けることをやめる。
「私にはわからないことがいっぱいある。間違うことだってしょっちゅうある」という何の飾りもないスッピンの自分に戻って、肩の力を抜く。
そして、スマホを閉じて、日に日に、夕暮れが長くなってきた街を歩いてみましょう。呼吸が楽になるはずです。
「いいひと」は疲れます。おろかに、なりましょう。
学生が「静かに生きていきたい」と言った
今の大学生には2つのタイプがあるように感じています。一つは、始終スマホをいじり、
そこに投影される自分、そこで作られる人間関係に右往左往しているタイプ。もう一つは、バーチャルの世界は知っている程度で深く入り込もうとしないタイプ。どちらのタイプも中学生からスマホを手にしている彼ら、彼女らは、情報収集の大半をスマホに頼っています。しかし、情報を見るだけで、発信しようとしません。
「夜、仲よしとスマホの音声だけをつなぎっぱなしにして、『お風呂入ってくるぅ』『私もぉ』なんて、会話にもならない会話をしてることが多いですね。インスタにあげてる人も確かにいるけど、しない人の方が私の周りでは多いです。やると、わちゃわちゃして、しんどい・・・」
また、別の学生です。
就活の相談にきたものの、イマイチ覇気がない。どんな職種に就きたいのか、将来どうなりたいのか、と尋ねても困った顔をするばかり。
「先生、私、多くを望まないで、静かに暮らしたいんです。どうなりたいかと言われたら、そうとしか答えられなくて・・・」
そういえば、昨年あたりから「静か」とか「おだやか」という言葉をよく聞くようになりました。学生だけでなく、働き盛りの世代からも、「もう私にかまってくれるな。静かに暮らしたい」というような言葉を耳にします。
穏やかなることを学べ
思えば、ここ4、5年。コロナ禍、戦争、地震、事故、政治家の不祥事、芸能界のスキャンダルと、あまりに世間が騒がしい。いつの間にかネットは、これらの情報で溢れかえってお祭り騒ぎ。下手に発言でもしようものなら、すぐに揚げ足をとられてしまいそう。心を癒せるものが少なくなりました。
リアルな社会も、何もかもが値上がりし、あちこちで人材不足。それでいて給与があがらないと、いいことなし。
こういう世界から離れて、「静かに暮らしたい」と思う気持ちになるのも当然のことでしょう。世の中が、わちゃわちゃしすぎです。
作家、開高健さんは、著書の中で
Study to be quiet
という言葉を紹介しています。
釣り師に必要なものは、「穏やかなることを学ぶこと」「努めて静かであること」「泰然自若と生きること」。イギリスのジェントルマンに最も求められることだそうです。
騒がしい時代だからこそ、若い世代は、この精神に目覚めつつあるのではないか。「静かに生きること」は、決して消極的なことではなく、この喧騒の時代にあって最も積極的に生きる術なのではないかと感じたのです。
積極的に静けさを求める
お正月から衝撃的な災害や事故があった2024年。何もしないでいると色々なことに巻き込まれてしまいそうな勢いです。
そこで、積極的に穏やかなることを学び、静けさを求めてみましょう。
例えば、スマホとのつきあい方。
知らないうちに、スキマ時間の大半をスマホにあてていませんか。特に危険なのは、「ショート動画」。アルゴリズムであなたの好みに合わせて送られてくるショート動画は、ちぎれちぎれの情報を脳内に散乱させるばかりです。静かに暮らすために、まずはこの誘惑を断つことから始めましょう。なんのことはない。手元にスマホをおかない時間を増やせばいいのです。
例えば、一人で、散歩をしてみる。
私たちは話しすぎなので、その分、感じる力が落ちています。穏やかに暮らすには、この感じる力を強くすることです。一人で、黙って、散歩をする。風を感じる。花に目をやる。空を見上げる。いちいち言語化することをせず、感じるまま、つぎつぎと受け流していく。自分の生活から「言葉」を断捨離することで、静けさが訪れてくるものです。黙って、歩く。そんな時間を作りましょう。
例えば、知らない土地にいく。
遠くなくてもかまいません。家から近くても、降りたことのない駅で降りてみる。その街を歩き、「きれいだな」「気持ちいいな」と思えるものを見つける。カフェに入ってただ街を眺める。「無駄な時間だ」「明日のスケジュールは・・・」などと考えないこと。
穏やかなることを学んでいると思いましょう。
静かに生きる
こんなことをしているうちに、私たちには「足るを知る」という気持ちが芽生えてきます。
満足することを知っている人は、たとえ貧しくても精神的には豊かなもの。これこそが「静かな生活」の本性ではないでしょうか。
あれこれと心配なことが多い毎日でしょう。だからこそ、今回は「静かに暮らす」というお守りをあなたに持ってほしいのです。
Study to be quiet
あなたの毎日に、安寧が訪れますように。
お弁当を渡す時にお母さんが言った一言
大阪芸術大学で「文章表現」の講義を受け持っている私は、毎年学生に、「お弁当」をテーマに短いエッセイを書いてもらっています。身近な題材ですが、その人の人生観や大切にしている言葉などがよく見えるのです。
昨年、こんな作品がありました。
「私が中学生の頃、母との会話は寝る前の20分だけでした。母はとても仕事が忙しく、朝早くから夜遅くまで、働き続けていました。それでも、母は私に持たせるお弁当を欠かすことはありませんでした。
私は、「無理しなくても、学校でパンを買うからいい」と伝えたところ、母は、
「もちつもたれつやからな」
と言いました。私は、その意味がわかりませんでした。
「お母さんは、将来何かをしてほしいからお弁当を作っているのか?」
と疑ってしまいました。
高校生になって、家中がコロナに罹患してしまいました。幸い、順番にかかったので、
母、兄、私の誰かは動くことができました。そのときに母がいった言葉も
「もちつもたれつやからな」
でした。そこで、私は気づいたのです。「もちつもたれつ」とは、Give & Takeのように
「与えたら、受け取る」ものでも、「無償の愛」のように一方的なものでもない。
今、動ける人が動けばいいこと。
余裕のあるときに、何かをしてあげればいいこと。
「もちつもたれつ」の意味に気づいた私は、人間関係が少し楽になったように思います。
「何かをしてあげなければ」と義務を感じたり、「お返ししなければ」と債務を感じる必要もない。できるときに、できるほうが、できるだけのことをすればいい。そんな気持ちになれました。
私は、いつの日か、母にこう言える人になりたいです。
「もちつもたれつやからな」
助けたり、助けられたりすること
私たちは、何事も「等価交換」で考えるクセがついています。
何かをプレゼントされたら、嬉しいよりも「何をお返しにしたらいいのか」と考えてしまう。
高い月謝を払って子どもを塾に行かせれば、それ相応の学力をつけてくれると信じてしまう。消費社会そのものがGive &
Takeでできているため、なんでもかんでも「与えること」と「見返り」ばかりを考えがちです。
しかし、そうはシステマチックに動かないのが人間社会。人から押しつけられたり、気分が乗らなかったり、この人のために動きたくはないという気持ちになるのは当然のこと。
まずは自分の気持ちを考えて、ゆとりがあるならやればいい。その人を助けたい気持ちがあるなら動けばいい。
もちつもたれつ。
お互い助けたり、助けられたりすること。
肩肘はらずに、その時助けられる人が助ける。
そのくらいに考えていた方が、人間関係がギスギスすることが減るように思うのです。
飄々と生きる
それでは、どうすれば「もちつもたれつ」の関係を築くことができるのでしょうか。
これに対しても学生が答えを出してくれています。
嬉しい時には、淡々と
悲しいときには、飄々と生きる。
人との間に気持ちのいい距離感を作ること。
風通しをよくして、相手のことより自分の気持ちを大切にする。
ゆとりがあれば、やればいい。
なければ、やらなくていい。
それで何かを言われても、嬉しかったら淡々と、
悲しかったら飄々としていれば、自ずと相手を冷静に見ることができる。
あぁ、今は助ける余裕がある。
あぁ、今助けてもらえると助かる。
家族との関係も「もちつもたれつ」
会社の人間関係も「もちつもたれつ」
こんなふうに考えていれば、凝り固まった人間関係に
風穴が開けられるのではないでしょうか。
「もちつもたれつ。」ぜひ、言葉のお守りに加えてください。
10歳の頃、自我が芽生えて大人になる
「『つ』ばなれ」という言葉があります。歳を数えるとき、「ひとつ、ふたつ、みっつ」
と数える。「ここのつ」までは「つ」がつきますが、「10」は「じゅっつ」とは言いません。日本では、「9つ」までがいわゆる「子ども」。10歳になると、大人扱いが始まり丁稚奉公に出されたりしました。なぜ、この年齢で、大人になるのでしょう。
それは自分の中に「もう一人の自分」が芽生えてくるから。「自我」という名のこの子は、これまでは、どこでも平気で大きな声を出していた自分に、
「そんなことを言うと、みんなに嫌われるよ」
「反対意見などいうと、みんなに『めんどくさ!』って思われるよ」
などと脳内で囁いてきます。個人差はありますが、小学校4年生あたり、10歳くらいに自我が芽生え、人はこれからの人生を「自我」と二人三脚で生きていくようになります。
「自我」と二人三脚を始めたとたん、親の声がうざくなる。「だるっ」「めんどー」「やる気ない」という体の声を自我がささやいてくるようになる。「自我」は危険なことや
新しい試みが大嫌い。現状維持が最も安全と考えるので、ありとあらゆるブレーキをあなたにかけてきます。でも、これは悪いことではありません。大人の社会を子どものままの無邪気さで乗り切ることはできません。生きる知恵として「自我」はあなたのためにブレーキを踏んでくれるのです。
自我と折り合いをつける
思春期の頃は、自分と自我の折り合いがうまくつきません。大人に反抗したり、サボったり、ゲームをやめられなかったりします。しかし、20歳(はたち)に近づくと、「自我」より
「自分」が優位に立って、「自我さん、あなたの気持ちもわかるけど、この場では、自分の意見を言わなくちゃいけないのよ」「自我さん、不安な気持ちもわかる。でも、ここは、一歩前に進みましょうよ」と言って行動できるようになる。
もちろん、「怖がりなもう一人の自分」に支配されたまま、長いものに巻かれたり、お尻が重くなったまま、動けない人もいます。でも、そんな自分を否定したり、嫌いになる必要はない。だって、「自我さん」は、あなたのために「よかれ」と思って動かないでいるのだから。
大事なことは、「自我さん」を嫌いになることではありません。仲良くなることです。
「もうひとりの自分」の不安を、自分が癒してあげればいいのです。
セルフハグ&トントン
私の経験から「自我さん」と仲良しになれる一番効果的な方法は、
セルフハグ&トントン
でした。
自分の両腕を体に巻いて、自分を抱きしめる。
そしてお母さんが赤ちゃんを寝かしつけるように、ゆっくりと
自分の体を優しく、優しく、トントンします。
そして、「自我さん」に向かって、
「大丈夫、大丈夫」
「いつもありがとう。いつもありがとう」
「へいき、へいき・・・」
と言葉をかけてあげましょう。
私は、セルフハグをがんと戦っていた時に教わりました。
働き盛りに病を患った私は、自分の体を呪い、ひどい自己嫌悪に
陥っていたのです。
しかし、病気になったのも自分。イライラしている対象も自分です。
弱りきって、自信喪失の「自我くん」を抱きしめ、
「大丈夫、大丈夫」「へいき、へいき」と何度も声をかけました。
これでどれだけ自分が癒やされたことか。
自分との折り合いのつけ方を、大病によって学んだのです。
日に何回もセルフハグしよう
セリフハグ&トントンは、思いだしたときにやるよりも習慣づけた方が効果的です。
私は夜寝る前、布団に潜り込んだときに、自分を抱きしめ
「今日もありがとう。よかった、よかった」
と言っています。
仕事で嫌なことがあったときも、
トイレでこっそり「大丈夫、大丈夫」と言っています。
「もう一人の自分」との穏やかな対話回数を増やす。これが不安を
解消する秘訣だと私は信じています。
もうひとりの自分を好きになる
自分で自分を好きになるのは、なかなか難しいものです。しかし、自分の中にいる「もう一人の自分」、臆病で、心配性で、幼いながらもずっと自分のことを考えてくれている「自我さん」を好きになることは、意識さえすれば案外簡単なことです。
抱きしめてあげればいいのです。お母さんのようにトントンしてあげればいいのです。
簡単ですが、効果は絶大。
「セルフハグ&トントン」を「言葉のお守り」に使ってください。
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ご登録はWeb上で完結します(来社不要)。また、ご希望条件や職歴等はインタビュー(電話面談)でお伺いします。